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高貴な瑠璃は散らされる(7)

   ※  ※  ※  王城で馬を預け屋内へと招き入れられた途端、雨は本降りになってきた。  使用人に連れられ歩く廊下の窓はあっというまに白く煙る。  ──こんな雨の中、エドガーは一体どこへ?  焦燥は募る一方だ。  しかし今は別の心配をしなくてはならないと気を引き締めたのは、使用人がある扉の前で足を止めたからだ。  木の扉にはひときわ豪華な装飾が施されている。  王の私室だ。  向こうから扉が開き、黒づくめの男がレオンハルト一人を招き入れた。  服装と鋭い目つきで分かる。  ルーカス王の護衛部隊《王の影》の一員だ。  ひときわ厳めしい隊長格の頬傷の人物でないことに、この期におよんでレオンハルトはほっとしている。  昨日寝かされていた豪奢な天蓋付きの寝台を見ないようにしながらも、レオンハルトは王の寝室へ招かれたことに、やはり戸惑いを禁じ得なかった。 「あの、陛下は?」  声を聞いたことのない《王の影》は、やはりというか彼の問いを無視し、昂然と顔を上げている。  黙っていろということだろうか。  いよいよ気まずい思いで俯いたときのこと。  扉の向こうから荒い足音がこちらに近付いてくるのが分かった。 「放して。痛いじゃないの!」  不貞腐れたような女の声。この声には聞き覚えがある。 「シンシア……?」  果たして、開かれた扉からは見覚えのある淑女が、文字どおり放り込まれてきた。  外からつれてこられたのだと一目で分かる。  豪華なドレスは雨に濡れ、刺繍の入った靴は泥に汚れていた。  赤茶色の髪から滴をぽとぽと垂らして、レオンハルトの目にはそれが彼女の涙のように見えた。  いつも身にまとっていた上品な花の香りは、打ちそぼる雨のせいで流れてしまったようだ。 「シンシア、エドガーは……?」 「レオンハルト様、どうしてここに?」  同時に問いを口にして、それから二人は押し黙る。  シンシアが駆け落ちに再び失敗して連れ戻されたというのは瞭然だ。  まずは彼女の身を気遣う言葉をかけるべきである。  ハンカチを差し出し、濡れた髪を拭いてやるのが先だ──そう分かっていても、焦りと不安がレオンハルトを支配した。  ここに《王の影》の長がいないことが、今度はひどく気になってしまう。  頬傷のあの男は、今まさにエドガーを捕らえているのではあるまいか。 「エドガーとは途中ではぐれたわ。あの人、道もろくに分からないくせに愛があれば何とかなるなんていい加減なことばか言うの……」  語尾に笑い声が混ざるのは、彼女なりの愛情の発露かもしれなかった。 「……すまなかった。シンシア」 「変ね。なんであなたが謝るのよ。悪いのはわたしじゃない。あなたを裏切ったんだから」 「何を言う。俺がいけないんだ。きみとエドガーの気持ちに全然気付かず、自分の都合ばかりできみを傷つけて……」  シンシアが俯いた。  雨の滴が髪を伝ってポトリと床に落ちる。 「あなた、本当にお人好しね。心配になる……」 「そうだな。レオンハルト・クラインは存外に人が好いな」  突然の、それは囁くような小さな声だった。  身に染みついた習慣か、レオンハルトの全身に緊張が走る。 「陛下、その……このたびは……」  金髪を揺らし、シンシアの背後に立っていたのはルーカス王であった。  シンシアとの会話、それからエドガーの行方に気を取られ、部屋に入ってきた最高権力者の姿に気付かなかったとはとんだ不覚だ。

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