26 / 94
高貴な瑠璃は散らされる(8)
金刺繍で縁どられたガウンを羽織って、ルーカス王は実に優雅な体で寝台に腰かけた。
「婚約者と盛り上がっているようじゃないか。会うのは二日ぶりか?」
「いえ、その……」
レオンハルトの声は硬い。
こんな場合、どう答えれば良いのだ。
王の真意が見えぬ。
レオンハルトを見やるルーカス王の目が笑みのかたちに細められた。
この状況で、どことなく機嫌が良さそうなのが不気味だ。
レオンハルトから芳しい反応が返ってこないためか、ルーカス王の視線は今度は濡れそぼりうなだれる令嬢に注がれる。
「残念だったな、シンシア嬢。兄弟をたぶらかして天秤にかけたが、思惑どおりにはいかなかったな。よもや婚約者の弟に色目を使うとは」
「か、彼女はそんな人じゃない!」
声をあげてから、しまったと悔やむがもう遅い。
ここは頷くか、せめて無言で流すべきだった。
王に逆らって機嫌を損ねれば、そもそも何のために王宮まで出向いたかしれないではないか。
しかし、王の奇妙な上機嫌は続いていた。
「おまえは本当に人が好いな、レオンハルト・クライン。父親そっくりだ」
窓を打つ雨の音が激しくなる。
ルーカス王の語尾がゆっくりと消える直前、シンシアが小さくクシャミをした。
「おお、風邪をひいてはいけないな。客間へ案内してさしあげろ。温かなワインと着替えもな」
部屋の端に控えていた《王の影》がシンシアを連れていく。
案内といった体をとっているが、実際は逆らえない彼女を威圧し追い立てたという形だ。
「おまえも少し濡れているな」
不意に髪に触れられ、レオンハルトはその場を飛びのいた。
いつのまに距離を詰めたのか、目の前で王が呆れたように首を振っている。
広い部屋の中に二人きりだ。
「そう警戒するな。まずは身体を温めろ」
飲めと差し出されたのは湯気の立つワインである。
杯を受け取るも、王の視線に晒され口をつけるタイミングを失してしまう。
「あの、私は弁明に……」
「シンシアには可哀想なことをした。おまえ以外に好いた相手がいたようだ。まさか弟に寝取られるとは思ってなかっただろ、レオンハルト・クライン」
「その……」
どう答えてよいのか分からず、再びレオンハルトは黙りこむ。
沈黙を埋めるようにホットワインをちびちびと喉に流し込んだ。
「可哀想だが、おまえの弟には罰を与えるべきだろうな。兄を裏切った。それから、仮にも王のものである女を連れ出して逃げたんだ」
「陛下、お許しを。弟はまだ子どもです。私からきつく……」
王の笑い声がレオンハルトの弁明を遮った。
「もしもあのままシンシアと結婚していたら、可哀想なのはおまえだったな。弟に裏切られ、妻には不義を働かれ」
「………………」
「どうした、レオンハルト・クライン?」
「い、いえ、何も……」
レオンハルトは片手で額を押さえた。
熱い。身体が燃えそうだ。
アルコール度数が高いワインだったのだろうか。
心臓の鼓動に合わせて、こめかみがズクズクと波打った。
ともだちにシェアしよう!

