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高貴な瑠璃は散らされる(8)

 金刺繍で縁どられたガウンを羽織って、ルーカス王は実に優雅な体で寝台に腰かけた。 「婚約者と盛り上がっているようじゃないか。会うのは二日ぶりか?」 「いえ、その……」  レオンハルトの声は硬い。  こんな場合、どう答えれば良いのだ。  王の真意が見えぬ。  レオンハルトを見やるルーカス王の目が笑みのかたちに細められた。  この状況で、どことなく機嫌が良さそうなのが不気味だ。  レオンハルトから芳しい反応が返ってこないためか、ルーカス王の視線は今度は濡れそぼりうなだれる令嬢に注がれる。 「残念だったな、シンシア嬢。兄弟をたぶらかして天秤にかけたが、思惑どおりにはいかなかったな。よもや婚約者の弟に色目を使うとは」 「か、彼女はそんな人じゃない!」  声をあげてから、しまったと悔やむがもう遅い。  ここは頷くか、せめて無言で流すべきだった。  王に逆らって機嫌を損ねれば、そもそも何のために王宮まで出向いたかしれないではないか。  しかし、王の奇妙な上機嫌は続いていた。 「おまえは本当に人が好いな、レオンハルト・クライン。父親そっくりだ」  窓を打つ雨の音が激しくなる。  ルーカス王の語尾がゆっくりと消える直前、シンシアが小さくクシャミをした。 「おお、風邪をひいてはいけないな。客間へ案内してさしあげろ。温かなワインと着替えもな」  部屋の端に控えていた《王の影》がシンシアを連れていく。  案内といった体をとっているが、実際は逆らえない彼女を威圧し追い立てたという形だ。 「おまえも少し濡れているな」  不意に髪に触れられ、レオンハルトはその場を飛びのいた。  いつのまに距離を詰めたのか、目の前で王が呆れたように首を振っている。  広い部屋の中に二人きりだ。 「そう警戒するな。まずは身体を温めろ」  飲めと差し出されたのは湯気の立つワインである。  杯を受け取るも、王の視線に晒され口をつけるタイミングを失してしまう。 「あの、私は弁明に……」 「シンシアには可哀想なことをした。おまえ以外に好いた相手がいたようだ。まさか弟に寝取られるとは思ってなかっただろ、レオンハルト・クライン」 「その……」  どう答えてよいのか分からず、再びレオンハルトは黙りこむ。  沈黙を埋めるようにホットワインをちびちびと喉に流し込んだ。 「可哀想だが、おまえの弟には罰を与えるべきだろうな。兄を裏切った。それから、仮にも王のものである女を連れ出して逃げたんだ」 「陛下、お許しを。弟はまだ子どもです。私からきつく……」  王の笑い声がレオンハルトの弁明を遮った。 「もしもあのままシンシアと結婚していたら、可哀想なのはおまえだったな。弟に裏切られ、妻には不義を働かれ」 「………………」 「どうした、レオンハルト・クライン?」 「い、いえ、何も……」  レオンハルトは片手で額を押さえた。  熱い。身体が燃えそうだ。  アルコール度数が高いワインだったのだろうか。  心臓の鼓動に合わせて、こめかみがズクズクと波打った。

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