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「俺を奪え」(4)

 白濁液を散らしながらうわごとのように親友の名を囁き、その首にしがみつく。  血のような色をした髪を抱きしめた。  優しい緋色が、レオンハルトを包みこむ。 「ルーカス王を、おれの手で殺してやる」  快感を放出して虚ろに半眼を閉じたレオンハルトの耳元で、ヴィルターが囁いた。  親友の腕の中に抱きしめられ、その愛撫に身をゆだねていたレオンハルトは、しどけない表情のまま身じろぎする。 「もういい……」 「レオ、何言って?」 「もういいんだ。あれで公会議の座は守れた。クライン家が潰されることはないし、エドガーも咎められはしないだろう」  驚きか憐れみか。髪を撫でる手が止まったことに、レオンハルトは不満の声をあげる。  すりすりとその手に頭を擦りつけると、愛撫は再び始まった。 「俺はもう忘れる。お前に触れられたことだけ覚えておく」 「レオ……」 「元々、公会議の議員なんて役職……俺には向いてなかったんだ。エドガーがもう少し分別がつくようになったら、クラインの当主の座はあいつに譲ろうと思う」  できればシンシアも王宮から解放してやって、エドガーと娶せてやりたいんだが──考えこむように眉間を険しくしたレオンハルトに、ヴィルターは戸惑いの表情を返す。 「いいのか? 君を裏切った二人だぞ。レオは甘い」  いいんだよとレオンハルトは微笑をこぼした。 「だって、俺にはヴィル……お前がいるんだから」  ついばむように唇を合わせるだけで、ただただ満足感に包まれる。 「エドガーに当主を譲ったら、俺は王都から離れた田舎に引きこもって静かに暮らすさ。そのときはヴィル、時々でいいから会いにきてくれるか?」 「馬鹿だな、レオ。一緒にいるよ。ふたりで暮らそう」 「……うん」  髪を撫でていた手に力が込められる。  強く抱きしめられ、レオンハルトの眸があたたかく潤んだ。  穏やかな未来を夢想するのは罪ではない。  たとえ、それが叶わない幻想だとしても。  優しい愛撫に重くなる瞼を、レオンハルトは乱暴に擦っている。  寝てもいいんだよと問いかけるようなヴィルターの視線に、ゆっくりと首を振った。 「もう寝ない。起きたとき、嫌なことばかり起きるから」 「どんなに嫌なことが起きても、おれがそばにいるよ。もう離さない。レオが嫌だって言っても、こうやって抱きしめているから」  ──だから、おやすみ。  そう囁かれ、レオンハルトはヴィルターの胸にしがみついた。 「……このままずっと、お前の腕の中にいられたらいいのに」  ──そう。願うことは罪ではない。    ※  ※  ※

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