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【第二章 心臓のかたち】「愛」のおもいで(1)

 二年前に死んだ父フレデリクのときと同じく、それは実に寂しい葬儀であった。  澄み渡った初夏の空は、死んだ弟の目の色に似ている。  前日までの雨が嘘のように晴れ渡った午後に、エドガー・クラインの柩はひっそりと墓に埋められた。  ──エドガーを殺した頬傷の男、名はダグというらしい。  王と共に地獄に堕としてやる人物として記憶に刻みつける。  亡き弟の部屋に足を踏み入れ、レオンハルトは鼻孔をくすぐる花の香に気付いた。  シンシアの香水の匂いが、エドガーの衣服に今も染みついているのだ。  夜な夜な遊興にふけっているのかと思っていたが、エドガーは兄に見つからないよう気遣いながらシンシアに会いに行っていたのだろう。  この一年ほどは、自室には着替えに帰るだけだったはずだ。  整頓された兄の部屋とは違い、服も装身具も、身のまわりのものすべてが乱雑に置かれている。  寝台の上には鞄を放り出したままだし、戸棚も開けっ放しだ。  主の雑な性格を表すように、敷き詰められた絨毯も汚れくたびれていた。  床に物が落ちていないのは、ばあやが掃除に入ってくれているおかげだろう。  いずれ、この部屋は片付けなくてはなるまい。  だが、今はその気にはなれなかった。  室内に残る花の香を失いたくなくて、窓も開けられない始末。 「……俺のせいだ」  震え、叫びそうになる口元を押さえる。  あの夜、あの森で、エドガーとシンシアを逃がしてやればよかったんだ。  自分が止めなければ、二人は無事に逃げおおせただろう。 「俺の浅知恵と、くだらない体面のせいでエドガーは……」  兄に邪魔をされても尚も彼女をつれて逃げようとしたのだ。  よほどシンシアを愛していたのだろう。  ここ数か月、まともに話もしていないことを今更悔やんでも遅い。  エドガーの将来と父の名誉という言い訳に凝り固まっている兄には、弟とて声をかけるのは躊躇われたのだろう。  まして兄の婚約者と恋仲になっているなんて相談をできようはずもない。 「エドガーよ、俺がルーカス王を地獄に叩き落としてやるからな」  婚約者を奪われ、大切にしていた弟も失った。  なけなしの誇りだって王に踏みにじられたのだ。  ポトリポトリと滴る血の赤が瞼の裏に焼き付いている。  血まみれで帰ってきた父の死の色と重なって「緋」は色濃く脳裏を侵食する。  主を失った部屋でぼんやりと立ちつくすレオンハルトの視線がふと動いた。  花の香に導かれるように、寝台脇の飾り棚へと手を伸ばす。  小さな木箱を見つけたのだ。  はて、どこか覚えのある箱だと手にとる。  レオンハルトの両手にすっぽり収まるほどの大きさだ。  木の色合いから、それほど古いものではないと分かる。  側面に引っかいたような傷があった。  文字だろうか。 「LとE……?」  めぐる記憶を、レオンハルトはゆっくりと辿った。

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