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「愛」のおもいで(2)

 思い出の中で、小さな手がこの箱を持っている。  それは幼いレオンハルトとエドガーの手だ。  二人がこそこそと顔を寄せて、何やら悪だくみをしている姿が脳裏に蘇る。  その小さな手には、きらきらと輝く聖餅があった。  聖餅とは小麦粉を煎餅状に薄く伸ばしてから炙った、いわばパンの一種だ。  教会での行事のたびに作られるのだが、街の住民らにとってはむしろお菓子として親しまれているものであった。  その日、父が貴重な砂糖を少量持ち帰ったのだ。  母は聖餅に砂糖をまぶして子どもに与えた。  ──おさとうがキラキラしててきれい。  ──こんなあまいものはじめて食べた。  エドガーと二人、そんなことを言ってはしゃいだことを覚えている。  幼い兄弟はこう企んだ。  こんなにおいしいおかし、いっぺんに食べるのはもったいないよ。かくしておいて、週に一まいずつ食べようよ、と。  じいやに頼んで小さな木箱を作ってもらい、残りの聖餅を全部つめた。  レオンハルトとエドガー──二人のものという証にそれぞれの名の頭文字を彫り、遊び場所だった屋根裏部屋に隠したのだ。  ──それなのに、だ。  一緒に食べようと約束したのに、エドガーの奴は独り占めしようと木箱を屋根裏部屋から持ち出して、自分の寝台に隠してしまった。  箱を抱きしめて眠ったという。  案の定というべきか。  数日後、寝台は悲惨なことになる。  蟻にたかられたのだ。  廊下に二人並ばされ、母にこっぴどく叱られたっけ。  当然、菓子も台無しだ。  しゃくりあげる弟を慰めるうち、自分も泣いてしまったものだ。  それは父と母、自分と弟──家族の愛の思い出だ。 「あいつ、独り占めなんてするから……」  レオンハルトの肩が震える。  込みあげるのは笑いだ。  目が覚めたら蟻にたかられていて号泣するエドガーの顔が思い出されるのだ。  それから自分が声をあげて笑っていることに気付き、レオンハルトは驚いた。  途端、腹が空腹を訴えきゅるきゅると音をたてる。  自分が案外、図太いことに苦笑を禁じ得ない。  だが、これでよいのだ。  この神経の太さなら、これから始まる孤独な復讐劇もやり抜くことができるだろう。 「たしか、ばあやが最後にスープを作っていてくれたな」  木箱を抱えて台所へ向かう。  果たして、ばあやはレオンハルトのために大きな鍋二つになみなみとスープを作り置いていてくれた。 「一人でこんなに飲めないだろ」  どうやって温め直すのか分からず、仕方なくそのまま皿にすくう。  しんと静まり返った台所に冷たいスープをすする音、それからときどき椅子が軋む響きがやけに大きく聞こえた。  そう、レオンハルトは今や独り。  じいやとばあやには暇を出した。  エドガーはもういないし、もうこの家に未来はないのだ。  父の名誉の回復も過去の栄光も、最早どうでもいい。  王への復讐を誓った。  これから堕ちていくであろう自分の姿を、幼いころからあたたかく見守って育ててくれたじいやとばあやには見せたくなかった。

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