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「愛」のおもいで(3)

 ──わたしたちは坊ちゃんのお父上とお母上が結婚して、この小さなお屋敷を構えられた二十年前からお仕えしてるんですよ。  ──悲しみが癒えることはないかもしれません。でも坊ちゃんがいるかぎり、未来はちゃんとあるんですよ。いつかお父上やお母上のように、この家で幸せな家庭を築けば……。  そう言って二人は最後まで抵抗した。  しかしレオンハルトは首を振る。  シンシアを地獄に落とし、エドガーを死なせた──そんな自分が、人並みの未来など夢見ることは許されない。  少ないが持って行ってくれと押しつけた金を、二人は拒む。  坊ちゃんやお父上から、これまでたくさんもらっています。  街に小さな家まで買ってもらった。  思い出以外、何もいりませんと。  ──坊ちゃんがお暇を出される気がして、実は荷物をまとめてるんです。今日中に出ていきますよ。でも困ったら、いつでも呼び戻してくださいよ。  じいやの言葉に、ばあやが涙をふく。  ──台所の寸胴にスープをたくさん作りました。召しあがってくださいね。 「………………」  思い出を振り切るように、レオンハルトはズズ……と行儀悪くスープを啜った。  これからは食事の支度も馬の世話も、何もかも自分でしなくてはならない。  ほんの数日前まで、こんな未来は想像すらしていなかったというのに。  今しもエドガーが反抗的に話す声が聞こえてきそうだ。  窘めるじいやと、そろそろ眠くなってきたばあやの欠伸の声が聞こえやしないかと耳を澄ましてしまう。  だが、静寂。 「ふっ……」  あまりに情けない己の様子に、知らず笑みがこぼれる。  こんな辛気臭い男と婚約など、シンシアも嫌だったに違いない。  彼女が明るく快活なエドガーに惹かれたのも無理はあるまい。  ばあやのスープは肉と野菜の旨味が調和して絶妙な甘さをかもすものだ。  なのに、今日にかぎって随分としょっぱい。  それとも熱でもあるのだろうか。  先ほどから頭が痛む。 「寝るか……」  寝る以外、することがない。  だが、どうにも眠れそうにないと食卓に置いた思い出の箱を指でなぞった。  蓋に手をかけたときのことだ。  背後で床が軋んだ。 「エドガー?」  とっさに弟の名を口走り、すぐに後悔する。  きっとじいやとばあやが戻ってきたんだ。  そう考え立ち上がったレオは、そこにいた人物に思わず顔を歪めた。  血のような緋(あか)の髪。  同色の眼差しが優しげに注がれている。  唇が微かに動き、レオンハルトの名を紡いだ。 「レオ、戻ったよ」 「ヴィル、今日は葬式に来てくれて悪かったな」  葬儀の出席者はレオンハルトとじいやとばあや、それからヴィルターの四人だけだった。  親交のあった貴族たちは誰もこない。  当然である。  失脚したクライン家とのかかわりなど、なるべくなら絶っておきたいものだ。  ヴィルターが友だちの弟の葬儀に参列してくれたのは、彼の優しさなのだとレオンハルトは思っていた。  でも、もう終わりだ。  幼馴染の腐れ縁から、ヴィルターを解放してやらなくては。

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