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「愛」のおもいで(10)
「これは……」
台所の微かな灯かりの下でキラキラと輝く、それは金色の指輪であった。
小さいが高価なものであろう。
台座には、何本もの線が浮き出た歪なかたちの装飾が設えられていた。
「どことなく不気味な形だな」
ヴィルターが呟く。
「お前にはそう見えるのか、ヴィル。これは……心臓のかたちだ」
レオンハルトの声が硬いことに訝しんだのだろう。
ヴィルターが幼馴染の左手を取る。
強引に薬指に嵌めようとするも、それは第二関節で留まってしまった。
「入るわけないだろ。これは母のものだ。結婚のとき、父から贈られたらしい、お前にも見覚えがあるだろう」
幼いころから互いの家を行き来していたふたりだ。
覚えていればヴィルターも懐かしく思うはずである。
「じっくり見るとかなり高価なものだな。純度の高い金でできている」
「……ああ、そうだな」
レオンハルトは頷く。
父は貧しい下級貴族だ。
きっと無理をして買い求めたのだろう。
十年前に母が召されてからは、父が大切に持っていたものだ。
その父は二年前に亡くなった。
嘆き悲しむ弟に「父の形見」としてこの指輪を手渡してやったのを、つい昨日のことのように思い出される。
──でも、これは長男の兄貴が持ってたほうが……。
泣きはらした目に戸惑いを浮かべて、エドガーは言ったっけ。
──関係ない。俺たちはたった二人の兄弟だ。互いに足りないところを補いあおう。お前の辛さが少しでも和らぐなら、これはお前が持っていろ。
兄貴……と再び目を潤ませながら、あのときのエドガーは邪気のない笑顔を見せてくれた。
こわいな、この形。なんか気味悪いや──なんて軽口も飛び出す。
──それは心臓のかたちだ。唯一のものである心臓を相手に贈るって意味で、命をも差し出すという愛のしるしなんだ。
それは誰かの受け売りの言葉だったが、エドガーはいたく感心したらしい。
スンスンと鼻をすすりだす弟の頭を撫でてやったものだ。
「こんなところにしまって大切にしていたんだな……」
このところ、エドガーとはずっと擦れ違っていた。
なのに今になって、あたたかな思い出が次から次へと蘇る。
弟は死んで、もう取り返しはつかないというのに。
「レオ、もうそれは置いて。ベッドに行こうか。ここじゃ、背中が痛い」
「あ、ああ……」
思い出をあえなく破られ、レオンハルトは言い澱んだ。
ヴィルターの膝に座って、背後から抱きすくめられたままの体勢だった。
冷たい手に触れられるだけで、身体の奥からじわじわと熱が広がる。
だが、レオンハルトは未練がましい様子で、なおも木箱を覗き込んだ。
箱の中に残っていたのは、あとは結婚前に父が母に宛てた手紙の類である。
指輪と一緒にまとめてエドガーに渡したものである。
指輪と同じ紋章が入った便せんに「愛している」だの「一緒に暮らしたい」だの、薄っぺらい愛のことばが連ねられている。
「レオ? それはもういいだろ」
上着の裾からヴィルターの手が滑り入る。
腹をなぞり這いあがる指先を、とっさにレオンハルトはつかんだ。
「やめろ……っ」
驚いたように動きを止めるヴィルターに、レオンハルトは言い訳を探す。
「……悪い。すこし疲れた」
背中に感じた緊張が和らぐ気配。
「無茶をさせたかな。ごめんね、レオ」
顎をつかまれ、顔を引き寄せられる。
深いくちづけを受け入れながら、レオンハルトの右手は弟の形見となった心臓の指輪を握りしめていた。
──エドガー、俺は兄としてお前を守ってやれなかった。だから、せめて……せめて復讐だけは果たしてやるからな。
頭の中には、口中を弄われる淫らな音が響いていた。
眸を閉じれば、緋色の残像が。
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