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「愛」のおもいで(11)

   ※  ※  ※  一人だからだろうか。  玄関の扉を叩く音が、やけに大きく聞こえた。  初夏には珍しいくらい、今日は夕暮れの緋が濃い。  母と父、そして弟の形見となった心臓のかたちの指輪は、細くてレオンハルトの指には入らない。  なので、鎖に通して首にさげた。  隠すわけではないが、シャツの下に入れてから立ち上がる。  ヴィルが帰ってきたんだなと考え、それから「帰る」という表現はおかしいと苦笑する。  ルーカス王即位時に何があったか、王宮の侍従や召使も入れ替わっているなか、ただ一人変わらずその地位を保っている人物にヴィルターが思い至ったのだ。  大貴族シュルツ家当主ジェローム・シュルツである。  そう、ヴィルターの父親だ。  ルーカス王といえど、名門貴族を退けることはできなかったのだろう。  平均年齢の低い《公会議》において、レオンハルトの一世代上といえば王とジェローム・シュルツくらいのものであった。  自宅に戻って、それとなく父親にさぐりを入れる──頼もしい言葉とともにヴィルターが出て行ってから僅か数時間。  思っていたより早かった。  いつものように勝手に入ってくればいいのになんて、ぼやきながらも玄関へ向かう足取りは軽い。  ああ、恋人なんて言われて、蜜月にきっと浮かれているんだ。  現金なものだ。  自分は弟を亡くしたばかりだというのに。  こんなときに一人じゃなくてよかった。  一緒にいてくれる友がいるのは、レオンハルトの心をどんなに救ったことか。  ヴィルターが持ち帰るであろう情報よりも、冷やりと心地好いその手をレオンハルトは心待ちにしていた。  またあの手で触れて、心も身体も満たしてくれるに違いない。 「ヴィル、どうだった?」  にやつく顔を引きしめて扉を開けたレオンハルトは、そこに立つ意外な人物に目元を引きつらせた。 「な、なぜ陛下がここに……」  街の外れにある下級貴族の粗末な屋敷の玄関に、金色に身を包んだ男が立っていた。  後ろで束ねられた長い金の髪、豪奢な金刺繍の外套。  指にはいくつもの金の指輪。  ルーカス・マイヤー・アインホルン──この国の王が、居心地悪そうに独り佇んでいたのだ。 「招集にも応じず引きこもって、一体どうしているのかと思ってな。弟を亡くしたばかりだ。公会議は欠席扱いとしている。その……」  あまり気落ちするなと告げる王の言葉は小さくて、ともすれば吹き荒ぶ風にかき消されてしまう。 「く、来るな……」  ゆっくり動く唇に、レオンハルトの視線が釘付けになった。  ぞわりと全身が震える。  とっさに両腕で自らの身体を掻き抱いた。  黄金の天蓋の下、組み敷かれた。  あの唇が、この身体を這い回ったのだ。 「お、おい、レオンハルト・クライン? しっかりしろ」  王の手が伸び、逡巡ののち引っ込められた。

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