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「愛」のおもいで(12)

 その指先が不安気に震えていることに、よく見れば気付いただろう。 「その……おまえの弟のことは気の毒だった。言い訳と思うかもしれないが、僕は弟を殺せなんて命じていないんだ」  悪かったと囁く小さな声。  あくまでレオンハルトを心配してやってきたという様相のルーカス王から、彼は視線をそらせる。 「そんなの、今さら……」 「お、おまえに信じてもらうため、今日はシンシアと僅かな供しか連れてきていない。護衛部隊はいない」 「シンシアと?」  ハッとして見回すも、玄関はもろちん王の後ろに見える狭い庭にも彼女の姿はなかった。  付き人とともに近くに待機しているのだろうか。  婚約者──いや、元婚約者の名に動揺するレオンハルトに、ルーカス王が迫る。 「怖がらせるつもりはない。だが、忘れられないんだ。レオンハルト・クライン、おまえを抱いたあのときのことが……」  後ずさるレオンハルト。  ──怖い。あのときのように身体を絡めとられそうだ。 「指に絡めた黒髪がサラサラと音をたてて、その赤い唇が吐息を紡ぎ、真珠色の歯がなまめかしく光って……」 「や、やめろ……」 「薄く色づいた乳首を捏ねると、きれいな瑠璃の眸が潤んで。うわごとみたいに何か囁いて……ああ、それが僕の名だったらどんなに良かったか。なぁ、レオンハルト・クライン。おまえは父親と似ているな」  一歩、そして二歩。  ルーカス王がさらに近付く。  後ずさるレオンハルトの背には無慈悲にも壁が。 「その瑠璃の眸を見せてくれ」 「お、俺に近付くな!」  手が硬質な何かをつかんだ。  躊躇わず握りしめて振り回す。  丸い形と、ずしりと腕に感じる重みから花瓶だと認識したときには、レオンハルトはそれを王に向かって振り下ろしていた。  国王への遠慮も敬意も、もうなかった。  だって、守らなくてはならないものはもうないのだから。  狙いは逸れて、花瓶は壁をへこませただけだ。  派手な音をたてて、二人の足元に破片が転がる。 「お、落ち着け。僕は心配して……」  肩をつかまれフラリとよろけた。  恐怖ゆえか、身体に力が入らない。  とっさに王の腕をつかむも、よろよろと力なくその場に座りこんだ。 「顔色が真っ青だ」 「さわ、る……な」  ルーカス王の手が、レオンハルトのシャツのボタンを外した。  彼の顔色があまりに悪かったためで、他意はなかったのだろう。  手早く襟元をくつろげ、王はそこで薄いくちびるを震わせた。 「これは……僕がつけた痕か? いや、そんなわけない……」  茶褐色の目が凝視するのは、赤く染まった愛のしるしだ。  薄く柔らかな肌に口づけ、吸った痕である。 「誰がこの肌にこんな印を……シンシアか? いや、そんなはずはない。待て、シンシアの兄はおまえと幼馴染だそうだな。まさか……」

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