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「愛」のおもいで(13)
「違う!」
否定の言葉は、大切なヴィルターに疑いの目が向けられてはならないとの思いからだ。自分のせいで彼が立場をなくしてはいたたまれない。
今ここでルーカス王を受け入れれば、ヴィルターを守ることができるのか?
ならば……。
──ああ、そうか。すべて失ったと思っていたが、俺にはまだ守りたいものがあったんだな。
「では、誰だ」
容赦ない速度で王の黄金の髪が近付くのをぼんやりと眺める。
金の外套がレオンハルトの身体を覆った。
外套の中で、王の指がレオンハルトの前髪を払う。
その指が額に触れる直前。
「俺に触れるな!」
レオンハルトの右手が翻った。
「つっ……!」
反射的に身をよじったルーカス王、その頬に血の赤が滴る。
レオンハルトの手には陶器の破片が握りしめられていた。
割れた花瓶の欠片をとっさに武器としてつかんだのは、王にのしかかられるのがやっぱり嫌だったから。どうしても嫌だったから。
今さらヴィルター以外の手に触れられるなんて耐えられない。
花瓶の破片が手の平に喰いこむ。
しかし腕に血が垂れるのも構わず、レオンハルトは凶器を再び振り上げた。
「お、落ち着け。レオンハルト・クライン!」
体格に勝る王がレオンハルトの細身の身体を組み敷く。
武器を奪い取ろうと手首をつかみあげた。
「はなせ……よ!」
勢いつけてレオンハルトの足が跳ね上がる。
王の脛を蹴り飛ばすと、身体を半回転させてその腕から逃れた。
瞬時に立ち上がる。
「エドガーの痛みを思い知れ!」
破片を振りかざし、ルーカス王の頭上に振りかざす。
させじと王はレオンハルトの胸を押しのけた。
よろけた隙をつくように、黄金の外套が眼前に翻る。
とっさにそれをつかんだものの、肩をつかまれ再び押し倒された。
「やめ……」
腹に衝撃。
声が掠れる。
はじめ、ルーカス王に殴られたのだと思った。
だが、王の手はレオンハルトの肩に置かれている。
「な、に……?」
突如、腹の奥に熱が走った。
耐えがたい熱さに、叫び出しそうに口が開かれる。
しかし、漏れたのは微かな息だけだ。
「レ、レオンハル……クラ……」
のしかかっていた王が目を見開いていることに気付いた。
その視線を追って、己の腹へ。
そしてレオンハルトは息を呑んだ。
陶器の破片が刺さっているのだ。
「ち、ちが……僕は……」
ルーカス王の手が、傍目にも分かるくらい震えていた。
馬乗りになっていたレオンハルトから退くと、じりじりと後退する。
玄関の敷物に足を取られ、無様に転んだ。
「違うんだ、レオンハルト・クライン。僕はそんなつもりじゃ……」
「ううっ……」
声にならない悲鳴をあげて己を見やるレオンハルトから数歩後ずさると、ルーカス王は転がるように扉から出て行ってしまった。
「カハッ……」
独り残されたレオンハルト。
このままではまずい……それは分かる。
だが、動けない。
腹に穿たれた異様な熱が、身体を焼きつくすのを待つしかないのか。
「うっ……つぁっ」
唇が震える。
こんなときは誰かの名を呼ぶべきなのだろう。
だが、誰のことも思い浮かばなかった。
やがて緋色の闇が、視界を覆う。
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