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深淵に王を堕とせ(1)

 その男の目覚めは、金色の天蓋に彩られている。  王宮の一番豪華な個室、王の間──そこが彼、ルーカスの空間だ。  しかし、このときの目覚めは別の色に支配されていた。  初夏にしては寝苦しく、ふと目覚めた夜更けのことだ。  夜陰は小降りだった雨が、次第に激しくなっていくのが分かる。  湿り気を帯びた空気が重い。 「ん、あにう……?」  どこか懐かしい「色」に見守られていると、そのときルーカスは夢うつつに感じていたのだろう。  それは、深く澄んだ瑠璃の光。  己をじっと見下ろす眸の色だと気付いたか、ルーカスが手を伸ばした。 「あにうえ……」  しかし、その手はピシャリと高い音をたてて跳ね返される。  同時に窓の外で稲光が走った。 「お目覚めか、陛下」  雷の鋭い光に照らされて浮かび上がったのは一人の青年だ。  白皙の肌。  花びらの色をした頬。  品のよい顔立ちに、しかし物騒な光をたたえた瑠璃色の眸が輝く。  黒髪から雨の滴が滑り落ち、ルーカスの額を濡らした。 「あの日のような天気だな。俺はあの日地獄に落とされたが、今夜堕ちるのは陛下のほうだ」 「レ、オンハルト……クライン?」  あのとき、この腕の中で震えていた青年と同一人物とは思えなかったのだろう。  ルーカスの目が見開かれる。  再びこの場所にいるレオンハルトの瑠璃色の眸は鋭く、柔らかな唇にも慈悲の色はない。  大切にしようとしていた婚約者を奪われ、無理矢理に身体を拓かされ、考えられないような痛みと屈辱を味わわされた。  そのうえ、唯一の肉親である弟の命を無残に散らされたのだ。  復讐を誓ったレオンハルトの表情に凄みが増すのは当然であろう。  きらきらと輝く双眸に晒され、ルーカスは口元を緩めた。  その頬には喜悦の色が差している。  この期に及んで、瑠璃色の光を美しいなどと思っているのだろうか。 「無事でよかった。怪我をして血まみれになって……。あのあと医師を連れて戻ったら、おまえの姿はどこにもなくて。街の医院や教会、宿屋まで、あちこち探したんだ」  心の底から安堵したという表情に、レオンハルトは戸惑い狼狽えた。 「とにかく座れ。身体にさわる。傷はどうなんだ? ああ、すこし髪が伸びたな。レオンハルト……」  襟足できれいに整えられていた毛先が、今は首筋に遊んでいる。  しかし差しのべられた手は、またもレオンハルトの拳によって弾かれた。  冗談じゃない。そんな余裕をみせていられるのも今だけだ、と。 「レオンハルト・クライン……?」  ルーカスの声が掠れた。  ようやくおかしいと気付いたのだろう。  こんな時間に、なぜレオンハルト・クラインがこの場所にいるのかと。  そんなルーカスに、瑠璃色の視線が冷たく刺さった。 「陛下の計らいのおかげで、俺は今でも公会議議員のままだ。王宮へは難なく入れる。この部屋は護衛が付けられているが《王の影》の控室はガラ空きなんだな。案外、簡単に入れたよ」 「だ、誰か……」  ようやく危機を悟った王が、小さな声を懸命に振り絞る。  しかし、隣室に控えているはずの《王の影》は誰一人として姿を現さなかった。 「奴らは薬で眠っている。陛下が俺に使ったのと同じものだよ。森で簡単にとれる薬草だ。適量を使ったから、朝まで目を覚まさないはずだ」  ──たとえ、隣りの部屋で王が惨殺されてもな。 「なっ……」

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