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深淵に王を堕とせ(6)
「だから、まだ若いと反対されたが公会議に招き入れた。あんな街外れのちっぽけな家で貧乏な暮らしなどせずにすむよう取り計らってやろうと思っていたんだ」
それは、叔父としての憐憫か?
──じゃあ、なぜ俺にあんなことをしたんだ。
レオンハルトは唇を噛みしめる。
この男に汚されたことなど、もう忘れた。
そんなのはどうだっていいことだと、ヴィルターが思わせてくれたのだから。
彼の髪──血の色をしたあの髪を思い出して、レオンハルトは息を整えた。
どんなに揺らいでも、ヴィルターのことを思えば心は鎮まる。
──そうだ、俺は王への復讐のためにここへ来たんだ。ルーカス王がどんな御託を並べようとも聞く耳など持つな。エドガーと父の敵を討つんだ。
そのあとは、ヴィルターが言うように二人で静かに時を過ごすことができれば……。
無論、それも命があればの話だが──そう考え、視線を伏せたときのこと。
ルーカスの言葉がレオンハルトを地獄に突き落とした。
「なぁ、レオンハルトよ。あの男のことを考えているのか?」
「なに……」
心臓をギリとつかまれたよう。
あの男という言葉が、ヴィルターを指すことはわざわざ確認をとるまでもない。
さきほどまで呆けていた、あるいは優しくみえたルーカスの目が、いびつな形に歪められる。
「おまえから婚約者を奪うよう仕向けたのは……ヴィルター・シュルツ、あの男だぞ」
「い、いいかげんなことを……」
レオンハルトの手が王の胸倉をつかんだ。
そんなわけないだろうと冷静に返すつもりが、感情が弾けたのだ。
怒りと、それから不安という想いが。
首元を締めあげられながらもルーカスの表情に余裕がみられるのはレオンハルトの細腕を見くびっているのか、あるいは己の言葉に力があると分かっているのか。
「シュルツの跡取りだからな。あの男は茶会や昼食会と理由をつけてよく宮廷に出入りしていた。そのたびに妹のシンシアをつれてな」
「……それの何がおかしい?」
シュルツは大貴族だ。社交場の付き合いもあろう。
なのに何故こうも動揺するのだ。
レオンハルトが瑠璃色の眸を激しく震わせるのは、自信たっぷりという王の表情故だった。
不安が募る。
「やけに僕とシンシアを近付けようとしていた。あげく彼女はレオンハルトの婚約者だと僕に囁いたんだ。まるで焚きつけるように」
「そんなの思い過ごしだ……」
「兄さん……いや、おまえを手に入れるためにはシンシアを奪うしかないと、あの男は言ってるようだった」
「そ、そんなわけないだろ!」
普段出さない大声に、喉がひりひりと傷んだ。
そんなレオンハルトの唇に、ルーカスの人差し指が触れる。
「声を落とせ、レオンハルト。使用人に気付かれるぞ」
「あっ……」
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