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蜜月は終わった(3)
「レオ、少しやつれたね。ちゃんと食べてるか?」
ヴィルターの手がのびる。
「やめ……触るな。お前に触れられたら、わけが分からなくなる」
冷やりとした懐かしい手が頬に触れた。
それだけで下半身がはしたなく涙を零すのだ。
「だめ、だ……」
ぐいと腰を引き寄せられる。
目の前に愛おしい緋色が迫った。
ヴィルターの胸を叩いて押しのける手には、しかし力が入らない。
「だめ、なんだ……。もう、ここには……来るな」
レオンハルトの抵抗など些細なものとばかりに、ヴィルターの手が背に回される。
腰から力が抜けた。
彼の腕に捕らえられたら、なし崩しに身体を重ねてしまう。
情に溺れ、何もかもどうでもよくなってしまうと分かっているのに。
でも、もう抵抗などできなかった。
「ヴィル……会いたかった」
血のような色をした髪に指をかきいれ、その頭を抱き寄せる。
触れる唇は、もう優しくはなかった。
──喰われる。
強く吸われ、目の前にチカチカと光が舞う。
割れた窓から生あたたかい風が入ってくるが、ヴィルターの冷やりとした肌に触れると安らいだ。
口の中をかき回され、全身から力が抜ける。
よろめいたところを押し倒された。
背に寝台のやわらかさを感じると同時に、身体の自由を奪われる。
ヴィルターが圧し掛かってきたのだ。
「ヴィル、だめだって……」
もがく両手はあえなく囚われ、枕の横に押さえつけられる。
ヴィルターの呼吸音が耳元を覆った。
「レオ、何でおれのところから出て行ったんだ。何で一人で王宮へ乗り込んだ」
「ごめん、ヴィル。お前を巻き込みたくなかったんだ」
緋色の眼差しが強張る。
「レオ一人じゃ危険だろ。君をあの王に近付けたくないんだ。あいつのレオを見る目は最初から厭らしかった。シンシアをくれてやったのに、まさか君を汚すなんて」
「そんな言い方……」
恋人の反応が煮え切らないと感じたか、ヴィルターは乱暴にレオンハルトのシャツに手をかけた。
ボタンが飛ぶのも構わず強引にはだける。
露わになった首元にレオンハルトの家族の絆である指輪を認めて、一瞬苦い表情を作る。
突発的な怒りを振り払うためか、唇を噛みしめた。
「ヴィル……」
組み敷いたレオンハルトの眸が不安に揺れていることに気付いたのだろう。
「レオ、好きだよ」
ヴィルターは口元に薄い笑みを作って、恋人の黒髪を撫でてやる。
触れるたびにとろりと潤む瑠璃色の眸が愛おしいのか。
髪を、頬を、何度も撫でながらヴィルターは囁いた。
「ごめんね、レオ。おれが王を殺しておいてやればよかったな。そしたらこんなに辛い目にあわせずにすんだのに」
「ヴィル、そんなことを言うな……」
緋色の眼差しから逃れるように、レオンハルトは顔をそらせた。
──もう忘れると告げたのに。お前に抱かれたら嫌なことは全部忘れられると言ったのに。
なのにヴィルはいつまでもルーカスとの行為を蒸し返す。
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