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蜜月は終わった(6)
「用事があるなら、おれが行く。危ないだろ。外へ出て、王の手の者にでもさらわれたら」
「ヴィル、俺は大丈夫だから……」
抱きしめる力はますます強くレオンハルトを締め付ける。
「レオ、君はここにいるんだ。誰が来ても会わなくていい。必要なものはおれが全部用意する」
「何を言ってるんだよ。そんなのまるで……病人か囚人みたいじゃないか」
背中越しにヴィルターが薄く笑ったのが分かった。
「枷をつけてここに閉じ込めてしまいたい。それとも両脚を折って動けなくしてやろうか。レオの世話ならおれが全部するよ。誰の目にも見せずに永遠におれだけのものに……」
レオンハルトの身体がびくりと震えたのは、ヴィルターに首筋を強く吸われたからだろうか。
それとも背中に走る怖気故か。
口づけの痕が、より色濃くなったことにヴィルターは満足したのだろう。
今度はレオンハルトの手首をつかんだ。
ぐいと引っ張られ、向かう先は寝室か?
「ヴィル、どうした? お前らしくもない」
これまでなら「痛い」と言えば慌てて手を離してくれたはずだ。
なぜなら、レオンハルトの知るヴィルターは優しかったから。
しかし強引に引っ張る手は強く、戸惑い怯えるレオンハルトを宥める言葉すらない。
「ヴィル、お前いいかげんに……」
寝台に突き飛ばされ、レオンハルトはさすがに声を荒らげた。
無言で圧しかかるヴィルターを押しやる。
「やめろよ、ヴィル? いや……だっ」
抵抗の言葉は、緋色の髪をした男の唇に覆われた。
じたばたともがく手足も押さえつけられる。
「なぁ、レオ」
頬を舐りながらヴィルターが囁いた。静かな声に得体のしれない情念がこもる。
「あの夜を覚えている?」
「あの……夜?」
「シンシアを王に差し出したといって、泣きながらおれに縋りついてきたあの夜だよ。あのとき、おれがどんな気持ちになったか分かるか?」
「………………」
歪んだ笑みに見下ろされ、レオンハルトは眉を寄せた。
「やっと手に入れたと思ったよ。欲しくて欲しくてたまらなかった君が、やっとこの手に堕ちてきたと」
「なんで……」
口内に侵入してくる舌を、首を振って懸命に拒む。
「ヴィル、何故? 俺たちは親友だった。ずっと昔から、お互い大切に思ってたじゃないか。なんでシンシアとエドガーを巻き込んだ?」
ぴたり。
レオンハルトの唇を嬲っていた舌の動きが止まる。
「そうだね。レオはおれのことを友だちとして大切に思ってくれてた。でも、それじゃ嫌だったんだよ。分かるだろ」
「分からない……っ」
舌の動きが再開される。
「レオにはおれ以外に大切なものがありすぎたんだ。弟にシンシア……ほかの男を想っている婚約者と、兄を裏切った弟だぞ」
「だからエドガーを死に追いやったとでも? それに、シンシアはお前の妹だろ」
「関係ない」
レオを傷つける奴は許さない──小さな囁き。
「ヴィル……?」
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