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裏切り(1)
土煙が舞った。
馬の鬣(たてがみ)が風になびく。
舗装されていない街外れの道を馬で駆けるのは黒髪の青年だ。
くたびれた青の上着の裾が、夏の熱気にふわりと膨らむ。
レオンハルトであった。
額に汗が光るのは、照りつける太陽の熱のせいばかりではあるまい。
焦って自宅を飛び出した証でもあろう。
「どこだ、ヴィル……」
あんなに俺に執着していたのにと、馬上で首を振る。
「なのに、俺のそばから離れるなんて……」
目覚めたら彼の姿は隣りになかった。
触れたシーツの冷たさは空虚だ。
家のどこにもいないと気付いたとき、脳裏に蘇ったのは親友の言葉だ。
──王を許さない。
身体を穿った王の凶器を、レオンハルトは忘れようとしていた。
だが、ヴィルターはいつまでもルーカス王の悪行を蒸し返す。
まるで呪いのようにルーカスへの憎しみの言葉を繰り返すのだ。
嫌な予感がしてならない。
急使でもない限り、馬から降りて歩かなければならない街の中をそのまま駆け抜けたのは、一秒でも早く王宮へ向かいたかったからである。
もしもヴィルターがルーカスを殺めようとしているなら止めなくてはならない。
「……俺が悪かったのか?」
幼いころからの親友だった男に、弟も婚約者も奪われた。
なのに恨む気持ちが微塵も湧いてこない。
知らぬ間に自分はヴィルターに身も心も絡めとられていたのだ。
どうか間に合ってくれと祈るばかりだ。
もしもヴィルターがルーカスへ刃を向けていたとしたら、おそらく《王の影》によって返り討ちにあっているだろう。
焦る思いに髪を乱して王宮へ辿りついたレオンハルトは、そこが以前とさして変わっていない様子に拍子抜けする。
客人用の厩では数頭の馬が飼い葉を食べているし、門番はレオンハルトを未だ公会議議員として認識しているようで咎めだてする気配もない。
あの嵐の夜、王の寝室へ忍び込んだことはもちろん、実はレオンハルトが王の血縁であることもルーカスは明らかにしていないのだろう。
そこは亡き兄の意を汲んだということか。
少々無防備という気もするが、あっさりと王の寝室まで来ることができたのはそのおかげだろう。
きょろきょろと周囲を見回しても護衛の姿すらない。
そういえばここに来るまで見かけた使用人の数も随分と少ない気がする。
ルーカスは王宮にいないのだろうか?
だとしたらヴィルターは一体どこへ?
そう考えながら取っ手に手をかける。
重い扉をそっと開いた瞬間。
キンと響く甲高い音が耳朶を打った。
刃物と刃物がぶつかる音だと気付いたと同時に、視界に緋色の残像が走る。
「ヴィルっ?」
駆けこんだ室内で、レオンハルトはいきなり脛を強打した。
燭台や小卓が倒れ、床に転がっている。
寝台のカーテンは破れ、床に落ちていた。
どうみてもこれは乱闘の跡である。
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