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裏切り(2)

 果たして、部屋の中には黒ずくめの人物が剣を振りかざしていた。  その下で身を縮めているのは、探し求めていた緋色の姿。  ヴィルターである。  身を守るように顔の前に短刀を構えているが、追い詰められ不利な体勢というのは明らかだ。 「ヴィル!」  突然の侵入者に気を取られたのだろう。  赤い上着の背が震えた。 「レオ……?」  反射的に振り返りかけたヴィルターの頭上に、振り下ろされる銀の軌跡。  レオンハルトの目の前でダグの剣はヴィルターの頭蓋を割る……はずだった。  そうならなかったのは、ダグの剣戟を受けとめたものがあるから。  ガチリ。  金属の破片を散らしたのは、突如差し出された燭台だ。  床に転がった燭台をつかんで、レオンハルトが駆けこんだのだ。  予期せぬ増援に、ダグとて怯んだのだろう。  剣にかかる力が一瞬弱まる。  燭台に渾身の力をこめてダグの剣を跳ね返し、レオンハルトは緋色の背中を突き飛ばす。 「ヴィル、逃げろ! こいつはお前の敵う相手じゃない」  瞬時に体勢を整えたダグに対し、距離を取るように燭台を構えてレオンハルトは中腰で後ずさった。  チラと視線を走らせた室内にルーカスの姿はない。  とうに逃げたのだろう。 「何で来たんだ、レオ。死ぬつもりか!」  親友の叫びに「そっちこそ!」と返す。  じりじりと距離を詰める黒い姿。  相変わらずの無言が不気味だ。  筋肉で鎧われた身体が揺らぐ様子はない。剣の切っ先がぶれることもなかった。 「さっさと逃げろ、ヴィル。俺もすぐに追う」  もちろんダグは脅威だが、彼以外に《王の影》がいないことは幸いといえよう。  ダグから視線を逸らせず小声で囁くと、レオンハルトは燭台を振り上げた。  雄叫びをあげ、黒い姿めがけ踊りかかる。  体格も力も身のこなしも、王の護衛集団の長に敵うはずもない。  ヴィルターに敵う相手でないなら、レオンハルトにとっても同じである。  だが、一打でも打ちこめれば。  この部屋から逃げ出す隙を作るために、一筋でもダグに傷をつけ床に膝をつけさせることができれば。  狙うは急所の喉元だ。  殺すほどの勢いで踏み込んだレオンハルトの身体は、しかし次の瞬間跳ね飛ばされた。  ダグに蹴り倒されたのだと気付いたと同時に、背に衝撃。 「ガハッ……」  霞む視界。  黒い影がぬっと侵入する。  床に倒れ込んだレオンハルトめがけ、振り上げられる白刃。 「レオ……っ!」  ヴィルターの叫びにレオンハルトは身をよじる。  次の瞬間、顔面のすぐ横に剣が突き立った。  仕損じたとばかりに剣は抜かれ、切っ先は再び高く掲げられる。  二度三度、今度は心臓めがけ繰り出される剣。  迎えうつ燭台は、とうに手から失われていた。  無様に床を転がり、攻撃を躱すしかない。  どんどん追い詰められていくなか、視界の端でヴィルターが何かを拾った姿が確認できた。 「駄目だ、逃げろ!」  叫ぶと同時に床を蹴ってレオンハルトは跳ね起きる。  矢継ぎ早な剣戟にダグの呼吸が僅かに乱れた。  波打つ黒衣の懐めがけ、勢いつけてぶつかっていく。 「クソッ!」  剣術の心得などない貴族の坊ちゃんにできる精一杯の攻撃を、しかしダグは簡単に受け止める。  壁のように固い身体が揺らぐことはなかった。 「レオ、離れろっ!」  背後からのヴィルターの叫び。  何をやってるんだ、早く逃げろ。こっちはお前を逃がすために無茶をしているんだぞと言い返してやりたいが、当然ながらそんな余裕はないわけで。

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