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裏切り(4)
※ ※ ※
「何なのよ。何でわたしがこんなこと……」
いいかげんにしてよ、もう──なんて、品のない言葉を必死で呑みこんでいるのだろう。
赤茶色の髪をきれいに編んだ令嬢が水樽に付けられた蛇口をひねった。
桶に張った水の中に白い紐状のものが揺らいでいる。
ところどころ赤黒く汚れていることから、使用済みの包帯であると分かった。
「ごめん、シンシア。きみしか頼れなくて……」
桶の隣りにシュンと立つ瑠璃色の眸をした青年を、シンシアは見上げる。
呆れたような視線に、深い溜め息。
「レオンハルト様、手伝ってくださらないなら退いてくださいな。そこに突っ立っていられたら邪魔ですのよ」
「ご、ごめん」
慌てて飛びのくレオンハルト。かといって余所へ行くでもなし、母親の後を追う雛のよ
うにシンシアに付いて歩く。
「仕方がありませんわね、レオンハルト様。そっちを持ってくださいまし」
追い払うのも可哀想に思ったのだろう。
シンシアは洗った包帯を干す作業をレオンハルトに手伝わせた。
ここはクラインの屋敷の庭である。
森の影になりやすい位置で、なるべく目立たぬように包帯を乾かすのだ。
怪我をしたヴィルターを連れ帰って二日が経っていた。
あの怪我で遠くまでつれていくわけにもいかず、とりあえず自宅へ連れて帰ったのだ。
ほかに行くあてもなく、致し方のない選択ともいえよう。
とはいえダグはこの家を知っているわけだし、追ってこられたら敵うはずもない。
しかし今の時点で奴が来ることはなかった。
ルーカスの「退位」という言葉で《王の影》は本当に解散させられたのかもしれない。
仔細は分からぬもののレオンハルトにとって、それは幸運なことだ。
ヴィルターの傷がそれほど深くないことに安堵し、まずは応急処置を施した。
ばあやの真似をして栄養のあるスープを作ってやろうとしたものの、そこで途方に暮れる。
調理どころか、そもそも火の点け方すら分からないのだ。
血で汚れたヴィルターの服もそのままだし、風呂の沸かし方だって知らない。
昏々と眠るヴィルターを前にどうしたものかと呻いていたところ、たまたま様子を見にじいやが来てくれた。
頼むとばかりにシュルツの別荘へ走ってもらったのだ。
「なにもわたしを呼ばなくても。わたしだってスープの作り方なんて分かりませんわ。そんなの人に頼むか買えばいいじゃありませんの」
「それはそうだけど……」
やりこめられて俯いてしまったかつての婚約者が哀れに映ったか、シンシアは「まぁ、うちの兄がご厄介をおかけしているわけですし」と肩をすくめてみせる。
「ごめん。じいやとばあやが手伝うと言ってくれたけど、二人を巻きこむわけにはいかないし」
「わたしは巻きこんでもよいと仰るのね」
「ご、ごめん。もうとっくに巻き込んでしまっているから」
「まぁ!」
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