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守りたいものは(1)

 精巧な彫刻もなければ、送る詩の一文もない。  吹く風には冷気が混ざりはじめ、レオンハルトはくたびれた青の上着をかき合わせた。  日中は汗をかくほどだが、夕暮れが近付くとぐっと気温が下がる。  ここはクラインの墓である。  身分ある人物が死んだなら礼拝堂の地下に棺を納めるのだろう。  なのにここは、貴族の墓所というにはあまりに質素な空間であった。  吹きっさらしの外に棺を埋め、簡単な墓碑を残すだけというかたちは、おそらく亡き父の意向であろう。  屋敷も衣服も暮らしぶりも、すべて目立たないように。  さらには自分たちの墓所ですら質素なものを手配していたのだ。  父と母の隣りに作られたまっさらなプレートはエドガーのものである。  親子三人で仲良く並ぶ様子に、置いていかれたという思いが去来しなくもない。  墓参りなのだ。  花の一輪でも持ってくればよかったと、今さらながらレオンハルトは思い至った。  気の利かない兄に、地の底でエドガーは呆れ果てていることだろう。  ──すべてを失っても、最後に愛が残る。  ぶうたれた声で文句を言うエドガーを想像したが、耳に蘇ったのは真剣な表情と言葉だった。 「俺には何も残ってないよ、エドガー」  首元に揺れる指輪を指先で弄ぶ。  エドガーの想いがこもった指輪をシンシアに渡すという簡単な行為すらできない無能な兄だ。  彼女を療養させているクラインの自宅に居たたまれず、かといって他に行くあてもない。  結局、家族の墓場を訪れては所在なさげに突っ立っているだけだ。  何もかも失った自分にとって、これほど相応しい場所はないのかもしれない。  ほぅと溜め息をついたときのこと。  背後で下草が軋む音がした。  風にのって漂う甘い匂い──これは薔薇の香か。 「ここで会うとはな、レオンハルト」  囁くような小さな声が白く光る空に消える。 「陛下、こんなところに……」  花束を抱え、ゆっくりと近付いてくるのはルーカス王であった。 「もう王じゃない。陛下ではなくルーカスと呼べ」  金色の飾り糸で縁どられた上着を脱ぎ、彼は質素な白い服を身にまとっている。  権力の失墜を示すように、あれほどいた護衛も今や一人とて姿がなかった。 「本当に王位から降りる気ですか」  レオンハルトの敬語がまだ不満だったか。  口を開きかけ、それからルーカスは黙って頷いた。  薔薇の花束を兄フレデリクの名前の上に置く。  残り二人の墓碑に視線を走らせ「もっと花を持ってくればよかったな」と小さく呟いた。 「いりませんよ。死んだら花なんて愛でられない」  どこか投げやりに感じたのだろう。  その言葉を、ルーカスは聞こえないふりをしたようだった。

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