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守りたいものは(3)

「未来だと?」  何と空虚な言葉だろう。  自分もよくエドガーに同じ台詞を吐いていたっけ。  なるほど。  したり顔で「未来」なんて口にされると、こんなにも腹がたつものなのか。  俺のことは放っておいてくれ──なんて、エドガーのような言葉を呟く。  子どものころからヴィルターはずっと優しかった。  そんな彼がおかしくなったのは、全部自分のせいなのだ。 「ヴィル、あのとき何と言っていたんだ……?」  ふと思い出す。  冷たくて心地良い腕でレオンハルトを抱きしめながら、ヴィルターが言っていた言葉を。  ──初めて会ったあの場所に行こう。  そうだ、ヴィルターはそう口にしていた。  きっとヴィルターはそこにいる。  確信に近い思いを、しかし絶望が邪魔をした。  初めて会ったのは幼いころのことだ。  母が死んで父は不安定になりエドガーは手がかかり……。  幼かった自分は不安に苛まれていた。  だからヴィルターとの出会いなど覚えていないのだ。 「ヴィル……」  可哀想でならない。  ヴィルターが想ってくれるほど、自分は彼を愛してなどいなかったということだろう。  ただ優しく抱かれ、身体を気持ちよくしてもらい、愛しているなんて甘い言葉を囁かれて良い気分になっただけなのだ。  ──ごめん、ヴィル。  見捨てるように呟き、レオンハルトは地に視線を落とした。  弟の、父の、母の墓碑が嘲るようにこちらを見据えていた。  胸元の鎖にぶら下がる指輪がズシリと重くなる。  ふと、目の前が揺らいだ。  母の墓の前に、この指輪が供えられているように見えるのは記憶の中の幻影か? 「いや、待て……」  頭の中で蘇る。  それは幼い日の記憶だ。  母の葬儀のあと、墓の前にこの指輪を置いたのは父フレデリクであった。  母への愛を示すものだったのだろう。  でも幼かったレオンハルトは、それがただ怖かったのだ。  父の魂まで墓の中に引きずり込まれてしまうように感じて。 「レオンハルト、どうした? 大丈夫か?」  ルーカスの大きな声。  いつも囁くようなか細い声で話すくせに、なぜこうも心配そうに叫ぶのだろうか。  しかしレオンハルトの意識は現世から遠く離れたあのころをさ迷う。  そうだ。母の墓に置かれていた高価な指輪を、幼い自分は盗んだのだった。 「それから……俺は……」 「レオンハルト、しっかりしろ!」  ルーカスの声に、レオンハルトは目をしばたたかせた。  ──眩しい。  とっさに目を瞑ったのは、胸元で緋色の光が瞬いたからだ。  心臓の指輪が毒々しい色に輝きレオンハルトの視界を灼く。  ──これは、ヴィルの緋(あか)?  霞む視界が恋人の姿を求めてさ迷うが、そこにヴィルターがいるはずもない。  だってそれは血の赤ではなかったから。  空を染める夕陽の色だ。    ※  ※  ※

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