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守りたいものは(5)

 目を開けた瞬間のこと。 「レオンハルト、だよね? 大丈夫。もう怖くないよ」  手首をつかまれた。  塞いでいた耳に飛び込んできたのは、己の名を呼ぶ心配そうな声である。  反射的に開いた視界に恐れていた緋色が飛びこんできて、レオンハルトは小さく声をあげる。 「おばけ……」  いや、違う。目の前にいたのはレオンハルトと同い年くらいの少年であった。  血のように暗い色をした髪に思わず怯んでしまう。 「こんなところで何してるの? 帰れなくなっちゃったの?」  こくこくと頷くレオンハルト。  緋色の眼差しが心配そうに自分に注がれていることに気付いたのだ。  そういえば、この別荘の主人には子どもがいるといっていたっけ。 「別荘に来たら、預かってるクラインの子が行方知れずになったって使用人たちが騒いでいて。湖で溺れてたら大変だと思って」  湖上を無人の小舟がたゆたっていることに気付き、もしかしたらと思って湖の浮島にまで探しに来たのだという。 「早く戻ろう。いや、しばらくここにいる? レオンハルト」  母を亡くしてこの家に預けられたという事情を知っているのだろう。  少年は急かすでもなくレオンハルトの隣りに座った。 「だめだよ。はやくもどらなきゃ」  レオンハルトの叫び声に、逆に驚いた様子だ。 「だって、このみずうみは夕方になったらオバケがでるって。さっきからへんな声も聞こえてきて、湖も血の色になって……」  必要以上に声を張り上げたのは、湖を走る悲鳴か耳に入らないようにするためだ。 「その話ならおれも聞いた。怖いってずっと思ってたんだ」  緋色の眼差しが、笑みのかたちに優しく細められる。 「でも不思議だね。泣いてるきみを見たとたん、不思議な勇気がわいてきたんだよ」  ポトリと零れる涙を、赤毛の少年の指先がそっとぬぐった。  冷やりとした皮膚に、なぜだかホッと胸が安らぐ。 「泣き声に聞こえるけど、ほら、よく聞いて。あれは風の音だよ。それに、赤いのは血じゃなくて夕陽の色」 「風? 夕陽?」 「それでも怖い?」  ぽろり。  再びこぼれる涙を拭ってくれる冷たい手のひらが、そっと肩に回された。 「見えないように、こうやってギュッとしててあげるよ。聞こえないように君の耳のそばでずっと話をしててあげる」  ほら、もう怖くないでしょ?──その言葉にレオンハルトは頷いていた。  冷たくて優しくて心地良い手。  ずっと触っていてほしい。 「こわいのに迎えにきてくれてありがとう。えっと……」  ヴィルターだと、緋色の髪をした少年は名乗る。 「ヴィル、だね」  それは、初めて呼んだとは思えないほど唇に馴染む名であった。

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