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守りたいものは(6)

 冷たい手に落ち着きを取り戻したのだろう。  彼の胸から身を離し、レオンハルトはヴィルターの横にちょこんと腰を下ろす。  目の前でゆっくりと染まっていく湖はもう怖くなかった。 「俺はやっかいものなんだ。だから、できたらもどりたくない。ずっとここに一人でいたい」 「うちの使用人がそんなことを言った?」  ヴィルターの言葉に、ぶんぶんと首を振るレオンハルト。 「ここの人たちはすごく良くしてくれてる。家でじゃまものあつかいされてる俺のことを……」  もじもじとレオンハルトの手が動く。  握り拳をそっと開いてヴィルターに見せたのは金色の指輪であった。  ずっと握りしめていたのだろう。  レオンハルトの小さな手の平に型がついている。 「俺、ドロボウなんだ。母上のお墓からこれを盗んじゃった」  見てと差し出した指輪の形は、やけに精巧な心臓の装飾を施されたものであった。 「ねぇ、こわいでしょ。ねぇ、なんか気持ち悪いでしょ」  血管が浮き出た心臓の形状は、幼心にも得体の知れない不気味さを感じさせる。  拙い言葉での訴えは、しかし緊迫した彼の心情をあらわすものに違いなかった。  幼いレオンハルトにとって、それは今になって罪の証としてズシリと重さを増したからだ。  先月のことだ。  母が死んだ。  元気で明るかった母が、流行病であっけなくだ。  父は塞ぎこみ、一歳下の弟のエドガーは幼児返りをするようになる。  レオンハルトとエドガーが生まれる前から仕えてくれているじいやとばあやも、てんてこ舞いだ。  悲しみにひたる暇もなく家事を回し、主人を慰め、子の面倒をみた。  つまり、手のかからない長男が家から放り出されたという格好となるわけだ。  しばらくのあいだ父の友人の家に預けられることとなり、レオンハルトは悔しくて泣いた。  突然母親が死んだのだ。  悲しくてたまらない。  それなのに、この世の悲劇はすべて自分がかぶっているという顔をする父が恨めしかった。  一歳しか違わないのに子ども扱いされてみんなに守られている弟も。  聡明な長男は聞き分けてくれると思われたのだろう。  実際じいやとばあやの苦労を目の当たりにすると、父の友人の別荘行きに頷かざるをえない。  これ以上じいやとばあやに負担をかけるわけにはいかないのだ。 「ここにくる前の日、母上のお墓にひとりでいったんだ。そしたらこの指輪がお供えされてて」  父が母に贈った指輪だということは知っていた。  母の死後、大切な形見として父が持っていたことも。  墓にこれがあるということは、父が供えたのであろう。  思わず手に取ったのは、放っておかれたという怒りゆえ。  指輪を墓に供えることで父の魂まで奪われてしまうという恐怖、それから純粋な心細さもあったのだろう。 「そのまま盗んできちゃった。父上のたいせつなもの。きっと今ごろ探してる……」  それなのに、返しにいく気にもならない。  ならばいっそこの指輪を湖に捨ててやろうかなんて思いも湧いてくる。  構ってくれる使用人らの目を盗んでレオンハルトが一人で船を漕ぎだしたのは、ひとえに盗人である自分へのうしろめたさ故だった。 「ごめんね、へんなことを言って。帰るよ。ここのおうちのひとにしんぱいをかけちゃいけないから」  聞き分けの良い長男に戻らなくては。  このままではヴィルターにまで迷惑をかけてしまう。  レオンハルトは拳で乱暴に目元を拭った。

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