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守りたいものは(7)

 ヴィルターが乗ってきた小舟はすぐそこに停められている。  ちゃんとロープで繋いであった。  船に向かって一歩踏み出したところでレオンハルトは硬直する。 「えっ……」  背後からフワリ。抱きしめられたのだ。 「ヴィル?」  冷たい手がさわさわと身体を伝い、レオンハルトの左胸で止まる。 「ヴィル? 俺はだいじょうぶだよ」  自分があまりにも可哀想に見えたのだろう。  ヴィルターはきっと慰めようとしてくれているのだ。 「ドキドキしてるね」  見下ろした左胸に添えられたヴィルターの手が、とくんとくんと揺れている。 「この指輪、心臓の形をしているでしょ。心臓は一番大切なものだよ。たった一つしかないものを相手に贈るってことは、愛しているっていう意味なんだよ」 「あい? あいってなに?」  ぽかんと口をあける少年を不思議そうに見下ろしてヴィルターが首をかしげた。  その冷たい手はレオンハルトの心臓から離れ、ふたりは湖を背後に見つめ合う。 「愛って何だろうね」  緋色の眼差しが少し眩しそうに細められたのは、湖面が徐々に夕陽に染められているからだろうか。 「きれいだなって感じることかな。抱きしめたいって思うことかな。泣かせたいって思うことかも。それから、ほかの誰かに泣かされないように守ることかな」 「ん? 愛って、たいせつってこと? 弟や父上や母上やじいややばあやを想うみたいに?」  よく分からないやと小首を傾げるレオンハルト。  大人びた笑みで、ヴィルターは微笑んだ。 「そうだね、おれもよく分からないよ」 「まって」  そろそろ戻ろうと船に向かおうとするヴィルターの手を、レオンハルトがつかんで引き止める。  ヴィルターの背に両手を回すと、ふわり。抱き寄せた。 「は、はなせ……」  一瞬強張った背をぽんぽんと叩いてみせる。 「ヴィルの体、つめたいね。俺がこうやってあっためてあげるよ」 「レ、レオンハルト……?」 「死んだ母上がよくしてくれたんだ。ギュッてしてもらったら、あったかくなって安心するよ」  ぽんぽん。  背を叩く手に、ヴィルターの眼差しがとろりと和らぐ。  帰らなきゃと思う。  でも不思議なことに、ずっとここにいたいといる思いも湧いてくる。  ここは、ふたりの隠れ家だ。 「 レオンハルト……いや、レオ。好きだよ」  ヴィルターの囁きにレオンハルトは頷いた。 「俺も! ともだちだね」 「……そうだね」  ふたりの前で、やがて湖は夕暮れの緋(あか)に灼かれた。    ※  ※  ※

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