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守りたいものは(9)
相変わらずダグは無言だ。
見下ろす眼光は鋭く、慈悲の色はない。
待ってくれと言葉を発することなどできない。
迫る刃を見つめるだけ。
同時に横っ腹に衝撃を受けた。
景色がクラリと横へ流れる。
大剣がレオンハルトの脳天を割らなかったのは、彼の身体が大きく飛ばされたからだ。
「レオッ、無事か?」
降り注ぐ大きな声は耳に慣れたものだ。
「ヴィル?」
凶剣の下に立つレオンハルトを突き飛ばし、緋色の髪をした青年は今、黒衣の暗殺者に対峙している。
戦のない時代の貴族の子弟が持つ武器などたかが知れている。
実用より装飾に重きをおいた短刀を顔の前で水平に構え、ヴィルターはじりじりとその場から遠ざかった。
レオンハルトを暗殺者から少しでも引き離そうという意図は明らかだ。
「ヴィル、お前いつから目覚めて……?」
応えるように緋色の眼差しが伏せられる。
それは悲し気な表情に見えた。
ヴィルターは剣を手に近付くダグの気配を察し、とうに目を開けていたのだろう。
それどころか、はるか後方で殺戮の舞台を傍観しようとしているレオンハルトの存在にも気付いていたに違いない。
違うんだ、ヴィル──という呼びかけに、親友の唇がかすかに動く。
「なんで助けたんだ、レオ。おれのことなんて見捨てればよかったのに」
「何を言ってるんだ……」
剣を構えながらも、ヴィルターからはおよそ殺意というものが感じられない。
レオンハルトは親友の視線に危ういものを感じた。
「どうせ死ぬなら、レオの手でと思ってた。だから、おれたちの隠れ家で待ってたのに」
なのに、こんな奴に殺されなきゃならないのかと思ってがっかりしたよと、ヴィルターは黒い姿を顎でしゃくる。
「でも、レオに見守られながら逝けるのなら……それも悪くないかと思って」
「馬鹿なことを言うな、ヴィル」
「ふふっ……」
ヴィルターの口元が歪む。
この期に及んで自分を見捨てられないレオンハルトを甘いと嘲笑ったのだろうか。
「おれはレオを独り占めしたくて、君の大切なものをすべて奪ったんだ。おれが憎くてたまらないはずだろ」
「それは……」
一瞬、言葉に詰まるレオンハルト。
ヴィルターの言うとおりだ。
これまであらゆることに耐えてきたのは、父の名誉を守るため。
弟の将来を守るため。
その弟を死に追いやったこの男を、情に流されて許してしまってよいのだろうか。
でも──と思う。
「たしかに、お前は俺からすべてを奪った。あげく最後に残ったお前という存在すら、お前は俺から奪いとるのか?」
「レオ……?」
視界が涙で霞み、慌ててレオンハルトは首を振る。
屈強な戦士がヴィルターの前で彼を狙っているというのに、自分がこんな感傷に浸っていてはいけない。
拳で乱暴に目元を拭う。
「ヴィル、俺は絶対にお前を失いたくない。お前を失うのだけは……耐えられない」
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