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守りたいものは(11)

「ダグ、もう行け。女性を殺したくはない」  レオの低い声。  腕から血を流しながらの台詞に、女は呆れたように顔を歪める。 「貴様はあの方の血縁らしいな。ならば殺す必要はない。そこを退け!」  大剣の切っ先が指すのは緋色の髪をした男だ。  狙いはあくまで王に仇なす人物のみ。 「ヴィル、逃げ……」  両者の間に割って入り、レオンハルトは武器を構える。  振り下ろされる刃が、短刀の柄に当たった。  衝撃に腕の傷から新たな血が溢れ、草を濡らす。  間髪入れず突きだされる大剣を避けた拍子に、レオンハルトはその場に倒れた。  跳ね起きるその眼前に黒い影が聳える。  瑠璃色の眸を睨み据え、女は無言で足を踏み込んだ。 「レオ!」  叫び、ヴィルターが飛びこんでくる。  ダグの剣の前に立ちはだかった。 「駄目だ、ヴィル」  いつだったか、ヴィルターが言っていたっけ。  ──おれはレオのために楯になるよ、と。  レオンハルトの前で両手を広げる姿は楯そのものである。  ダグの剣をその身で受け、レオンハルトを守るための。  大剣が銀の直線を描く。  その切っ先は赤い上着を切り裂き、その心臓を貫く──かに見えた。  ──嫌だ!  ヴィルターを押しのけようと伸ばした腕は、しかし間に合わない。 「嫌だ、ヴィル……っ!」  目の前でこの男を失ってしまうなんて。  ヴィルターが一瞬こちらを振り返る。  緋色の眼差しは、いつものように優しかった。  ふたりに永遠の別れが訪れるかにみえたその瞬間のこと。  黒い影が不意に揺らいだ。  白刃が宙を舞う。  血に濡れた下草で、ダグの足が滑ったのだ。  同時にレオンハルトがその場から飛び出した。  考える暇はない。  黒い影めがけ頭からつっこむ。  まともにぶつかっても全身を覆う黒鎧に弾かれる。  彼女がよろけて倒れそうになっている今をおいて勝機などない。  ふわり。  身体が浮かぶ感覚。  ついで全身に衝撃が走った。  激しい水音がダグとレオンハルトを包む。  湖に落ちたのだと悟ったときには、口の中に満たす大量の水にレオンハルトは恐慌を来していた。  必死にしがみつこうと手を伸ばすも、黒い姿はどんどん沈んでいく。  全身にまとった鎧が彼女を湖底に引き込むのだ。  大きく開けられた口から微かな泡がこぼれては上へと消えていくのが見える。  ──ごぼっ。  レオンハルトの喉が嫌な音をたて、口から大量の泡が噴き出る。  ──たすけて……。  声にならない叫び。  そのとき、透明な視界に緋(あか)い流れが一筋靡いた。  ──ヴィル?  懐かしい色合いに、虚ろに震える瞼。  その色が、己の腕から流れる血の色だと気付いた瞬間。  強い力で身体を引っ張られた。 「レオ? レオ、しっかりしろ!」  耳に残る水のせいで、聞こえる声は夢の中のように遠くをたゆたっている。  一瞬、意識を失っていたのだろうか。  まるで誰かに圧し掛かられたかのように、全身に一気に重さを感じる。  そうか、水から引き上げられたのだと気付いた。  なのに全身を包むのは水の中のような冷たさだった。  頬に額に、冷たい滴が垂れる。  ああ、ここは愛おしい男の腕の中なのか。  不安気に己の名を呼ぶ緋色の影に、レオンハルトの唇がほころぶ。 「ヴィル……」  その名を呼んだ瞬間、レオンハルトの意識は一気に覚醒した。

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