3 / 7
第3話
囁いた声は、むしろ優しい響きすら帯びていた。再び斉木の脳裏にけたたましく警鐘が鳴る。逃げろ。今すぐに。
しかし斉木が動くより早く、藤井の腕が背中に回されていた。抗う間もなく逞しい胸板に強く引き寄せられ、その体温が薄いシャツ越しにぴたりと重なる。
「!」
反射的に突き放そうとする。しかしその動きは、シャツの上から胸に触れた藤井の指の動きで凍り付いた。ねっとりと円を描くように、確かな意思を持って這い回る、指。
「……っ、――ゃめろッ…!」
抗う声を咎めるように、シャツ越しに乳首を甘くつままれる。その些細なはずの刺激に、斉木の顎が跳ね上がった。快感が鋭く突き抜け、頭の中が一瞬白く染まる。喉から漏れそうになった声を必死に堪える。
「バレてないと思ってました?」
優しい囁きと同時に、藤井の指が、まるで斉木の反応を試すように、くり、と乳首を甘く捏ねた。
「あ、ッ――!」
零れる声は羞恥と快感に蕩け、斉木自身がその響きに驚いたように目を見開いた。斉木の身体のことを熟知した、確信に満ちた手付き。いつから見透かされていたのか。
藤井の唇の端に浮かぶ笑みが、さらに深くなる。混乱する間もなく、シャツ越しに硬く尖った突起を執拗に捏ねられる。
「ゃ、――ぅあ、ッ……あ、ン、ッ」
堪らず喘ぎながら、斉木は意味もなく頭を打ち振る。見上げた顔は、見たことのない表情を浮かべていた。いつも周囲に見せる人懐っこい笑顔ではない。もっと暗く、深く、得体の知れない何かを湛えた――
「んんッ!」
突起を爪先で甘く弾かれ、びくりと顎が跳ね上がる。逃れようと身を捩っても、背を抱く藤井の腕がそれを許さない。胸に伸びる藤井の手首を掴もうとするが、指先は虚しく空を切るだけだった。
「あいにく、とっくに知ってるんですよ、俺。あんたがめちゃくちゃ感じやすいこと」
藤井の優しい声が、斉木を追い詰める。
「どこ触られても弱いし――特に乳首、大好きでしょ」
そう口にした次の瞬間、熱い吐息とともに、藤井の舌がシャツの上から乳首に吸い付いた。
「ああぁッ……!」
斉木の脳裏が真っ白に染まる。零れる喘ぎ声は、耳を塞ぎたくなるほど淫らな響きを帯びていた。こんな声を出すはずがない。自分はこんな声を出すような人間ではないはずだ。
到底許し難い行為なのに、絶対に許さないとそう思っているはずなのに、身体は勝手に快感を貪る。続けざまに藤井の舌が激しく動き、硬く尖ったそこを根本からしゃぶり回す。もう片方は指先で好き放題に弾かれる。
「ぅ、あッ、ち、が、…こ、んな、…ッ、あ、ァ、っ!」
斉木の喘ぎが切なげに高く響く。引き剥がそうと伸ばしたはずの手は、いつしか藤井の髪に指を絡ませ、縋り付いていた。
「ほらね。めちゃくちゃ欲しがってる」
ゆっくりと藤井が唇を離すと、薄い生地がじっとりと濡れて、斉木の赤く勃起した乳首が透けて卑猥に浮かび上がっていた。涙で霞む視界に映るそれは、斉木自身見たこともないほどぷっくりと膨れ、物欲しげに尖っている。
「こんなエロ乳首、ほっといたら可哀想ですよ」
優しい声で言いながら、今度はもう片方をシャツ越しに執拗に舐め上げ、時折甘く歯を立てる。
「んンッ…、――!」
指を噛んで懸命に声を堪える。しかし代わりに腰が跳ねる。乳首への刺激だけで、スラックスの奥の性器はごまかしようもないほど勃ち上がっていた。
「はいはい、そっちはまた後でたっぷり可愛がってあげますから」
「…ふ、ざけ、ッ、…あ、ぅ…ッん、んっ…、」
藤井の愛撫が容赦なく続く。舌で右の突起を嬲る一方、その指は空いていた左の乳首を捉える。片方を甘く舐め上げたかと思えば、もう片方を強く捏ねる。弱い場所を的確に狙われ、斉木の脳裏が明滅する。
「ゃめ、…っ…これ、いじょ、ッ――ぁ、あァ、あン、っ……」
あり得ない。こんな場所で。普段は意識すらしないただの突起に、性器以上に支配されている。藤井の舌と指がそこを嬲るたび、些細な突起ひとつに感覚が集中して、自分のものではないように腰がひくつき、上体が身悶える。開きっぱなしの唇から零れるのは蕩け切った吐息と甘く緩んだ声ばかりだ。
「あんた、今めちゃくちゃエロい顔してますよ。乳首弄られてるだけだってのに」
「ぃゃ…ッ、やめろっ、ッん、く、…っぅッ、ああァッ――!」
声を堪えようとする理性すら遠くなった。気づけば指は、縋るようにシーツをきつく掴んでいる。小さな粒が、甘く、熱く疼く。吸いつかれるたび、弾かれるたび、思考が真っ白に染まっていく。藤井の指。舌。流れ込む快感の奔流。それだけが、すべてだった。
ぢゅ、と、ひときわ淫らな水音。
「ゃ、っ…、――そこ、は、もう…――ッ」
気づけば、懇願にも似た声が漏れていた。
こんなのは自分の身体じゃない。叫ぶ理性が、弾ける。
「ぁ、――…ッ!」
斉木の身体が電撃を受けたように震え、腰が無意識に跳ねた。声すら追い付かない。快感が限界を超え、頭の中が白く弾ける。
全身がびくびくと痙攣する。腰が幾度も小刻みに跳ねる。
スラックスの裏地が肌に張り付き、じっとりと冷たい液体が太腿に伝う。あり得ない。絶望で視界が滲む。ぐったりと重い身体がベッドに沈む。
「あーあ、イっちゃった。――あれ、ひょっとしてもっと欲しいですか?」
愉しげに響く藤井の声を聞きながら、斉木は俄かに口も聞けなかった。ただ、愛撫をねだるように微かに胸を突き出したままだと気づかされ、崩れるようにベッドの上に身を投げ出す。
自分の身体だと言うのに、一体何が起こったのかまったく把握できない。ただ、未だベルトすら外していないスラックスの下で、吐き出したものが時間とともに冷えていくのが酷く不快だった。
ともだちにシェアしよう!

