4 / 7
第4話
「まだ脱いでもないのにね、斉木さん。あんたのシャツ、ひでえ濡れ方してる。見ます?」
言われなくても、スラックスだけでなく両胸の一部だけにシャツが貼り付いている不快な感触も、既に斉木は自覚している。空調が肌を撫で、濡れた部分だけがひどく冷たい。
笑う藤井を、ようやくきつく睨み上げる。呼吸はまだ乱れたままだ。
「ふざけるな……!」
「俺はいつだって真剣ですよ」
少しも真剣さの感じられない口調で藤井は答えた。そして、笑みのかたちに口端を吊り上げたまま、唾液に濡れる斉木のシャツへ指を這わせる。
「あんたこそ、まだ口の聞き方わかってないですね? 俺に乳首だけでイカされたばっかだってのに、それ?」
「あ、っ!」
ぴん、と甘く、濡れたシャツ越しに乳首を弾かれ、身体が撓る。慌てて唇を掌で覆ってから、何の意味もないことに思い至り、無様さに対する羞恥はそのまま目の前の男への怒りに直結した。
「藤井、いい加減にしろ……! 私にこんなことをして、ただで済むと思っているのか!」
肘をついて身を起こそうとしながら、怒りに震える声を向ける。昼間のオフィスで聞いたなら、聞こえる範囲にいる者全員が冷汗をかくだろう。しかし藤井は、目を細めて低く笑った。
「まだそんなこと言えるんですね。ホント強情な人だなあ」
優しい声とは裏腹に、藤井の瞳は笑っていなかった。先刻と同じ、冷たく獲物を狙う瞳。猛禽のそれにまっすぐに見据えられ、斉木の怒りは一瞬で凍りついた。
「っ……!」
耳朶を優しく擽られ、ぞく、と甘い衝動が背筋を駆け上がる。零れかけた甘い吐息を懸命に飲み込む。
と。
す、と、藤井が指を引いた。
「――じゃあ、ここでやめます?」
斉木は息を飲んだ。一瞬、救いのように聞こえた。
しかし身体が動かない。どこにも力が入らない。鼓動だけがうるさく脈打つ。耳が壊れそうなほどに、高く、速く。
拒絶の言葉はもう喉までせり上がっているはずなのに、舌が鉛のように動かない。喉仏だけが小さく上下する――ひどく物欲しげに。
ただ数秒だけの沈黙が、永遠にも感じられた。
藤井が、まるで強情な子をあやすように、優しくふっと笑う。
「ね。逃げないでしょ?」
「……!」
その言葉に、斉木の身体が硬直した。我に返ったように腕が上がり、藤井の身体を突き放そうとする。
しかし、藤井の指先が斉木の濡れたシャツの胸元へ這う方が早かった。
「ゃ、――ッ!」
シャツ越しに乳首を甘く捏ねられ、掠れた喘ぎが零れる。斉木は慌てて唇を噛んだ。
「往生際が悪いですよ。まだ分からないなら、俺がちゃんと教えてあげますね」
「いい加減にしろ――、ッぅあ、っ!」
斉木の背がベッドのマットレスに埋まる。濡れたシャツはボタンを外す手間も惜しいのか、藤井の手でほとんど引き裂くようにして脱がされた。濡れた乳首が冷えた空気に触れ、それだけの刺激にすら小さく背筋がわななく。逃げる間などなかった。
「っゃめッ、――、んッ…!」
藤井の両手が、左右の乳首を捉える。甘く転がし、柔らかく押し潰す、異なる刺激が左右交互に繰り返され、きつく閉じた瞼の裏にちかちかと光が明滅する。
「ぃ、ッ、…ゃっ、ふ、ぁッ、あ、ンんッ――!」
斉木の身体は持ち主の制御を完全に離れていた。藤井の指に勝手に反応し、びくりと跳ね上がってはしなやかに仰け反る。雄を誘うように悶える身体を止めることができない。
斉木の上で玩具のように乳首を弄りながら、藤井が嗤う。
「めちゃくちゃ感じてるじゃないですか」
「ち、が……、そんなわけが……っあ、ァ、――ッ…!」
否定の言葉すら満足に紡げない。藤井の指が乳首を嬲るたび、脳を焼くような快感が全身に広がり、勝手に腰が浮き上がる。卑猥にひくひくと揺れる動き。どうしようもない。
──違う。これは契約だったはず。管理できていたはず。
叫ぶ理性は快感に霞んで遠い。自分が何者なのかもわからなくなる。誰にも見せたことのない顔を、藤井にだけ晒している。
ふと、藤井が身を傾がせた。まだシャツもネクタイも着けたままの藤井に好きなようにされている現実が、斉木の羞恥を煽る。
耳朶に、唇が触れそうな距離。
「俺にめちゃくちゃにされたがってるんですよ、あんたは」
吐息ごと、脳髄を直接蕩かすような、低い声。藤井の体温が頬に感じられ、普段は意識しない藤井の匂いが鼻腔を満たす。認めたくない。しかし、もう抗えない。
「ッ、ゃ、…あ・あッ――!」
両方を同時にきつく捻り上げられる。限界を越え、背が弓なりに撓る。
「……っ、ふ、ぁッ…」
びく、びく、とまた腰が跳ねた。
ともだちにシェアしよう!

