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1-2コノカ異世界に立つ
その召喚の儀はひそかに、ひっそりと行われた。
本来なら神殿で、専門の高度な技術を持った者を筆頭に何人もの魔導士たちが長い時間をかけて行われるはずだった。
だが今回は、兵士達が使うとある下宿屋の談話室で、遊撃隊の第一部隊長と彼に声をかけられた比較的魔法が得意な隊員数人で行われた。
そんな顛末なので、このメンツに巻き込まれたユールーは最初、隊長が適当に描いたっぽいチョークの落書きみたいな魔法陣から現れた人物を見て『なんかきっと全然関係ない誰かを呼んだんだろうなあ』と思った。
ユールーと同じ年ごろに見える少女は、この国や近隣一帯の人間たちと同じ黒髪だった。
隣町の女の子でも呼び出したんじゃないのか……とならなかったのは、少女の服装と、この世界では見たことの無い黒い瞳と、彼女が乗っていた『自転車』の存在だった。
魔法陣の中から自転車にのって現れた彼女は石動好歌……イスルギコノカと名乗った。
隊長もまさか成功するとは思ってなかったらしい。
「うっはは、まじかやっべ……」
と呟いたのをユールーは聞き逃さなかった。
とはいえ、成功すると思わなかったと言って放り出すことはできない。
この事案はすぐ上に報告された。
この『上』とは、兵士隊の総長や大臣等をすっ飛ばして、最上層部の王と第一皇女、第一皇子のことで、召喚の儀の当事者であり遊撃隊第一隊長でもある第二皇子から直に報告された。
王は寝込み、姉は呆れ、兄は弟を一発ぶん殴ってきつく叱った。
そして𠮟り終わった後に、「それはそれとして。そんな面白い御仁俺にも早く会わせろ」と赤い瞳に好奇心をいっぱいに浮かべて笑んだ。
「下校中、自転車で……無人駅のところに差し掛かったあたりで急に景色が変わって、気が付いたらここに」
城からの使者が付く間、同じ女の子同士という事でユールーがコノカの傍にいた。
ユールーにはジテンシャもムジンエキも分からなかったが、どうやら学園からの帰り道に召喚されたという事はわかってきた。
コノカがあまりに低い声で話すので警戒しているのかと思ったが、どうやら地声のようだった。
「召喚、とか。漫画みたいだね。や、たぶん夢かもだけど。……あの、ユールーさん。私は何の用で呼ばれたんですか」
『マンガ』もユールーには何かわからない。おとぎ話や物語のことだろうか。
どう説明しようか、ユールーはうなって事柄の順序を考えた。
なかなか長くなりそうだ。
「まず、この国シャルシパがある。そしてちょっと近くにシャルシパと古くから交流がある同じくらいの大きさの国、ナンファンがあるの」
ユールーは片手の人差し指をシャルシパ、もう片手の人差し指をナンファンとして立てた。
「この二つの国の周りには中くらいの国と小さい国がいくつかあって、その辺りは領土問題や宗教問題でたびたび小さな戦争を起こしていて、それが最近頻繁になってきているの。そして、なぜか彼らの恨みの矛先がこの二つに国に向けられ始めている。……戦争でこんなにひどい目にあっているのに大国は援助をしないとか、お前たちの宗教も我々にとっては邪教だとか、だいたいそういう理由。宗教上のことはどうにもできないけれど、シャルシパもナンファンも戦争で被害を受けている国には援助物資を届けているの。でもそれは国民に行きわたらないで、支援があったことも国民に知らされてない。恨みの矛先はその国の独裁者達ではなく『大きくて豊かなくせに知らぬふりをしている』ことにされてる二つの国に向けられはじめたの」
二つの人差し指を近づける。
「その国々が安易に噛みつけないよう二つの国の繋がりを主張するため、この代で婚姻関係を結ぶことになったの。ここまでが前置き」
ユールーの説明を聞いていたコノカは、切れ長な目をちょっと見開いた。
「今までは本題じゃなかったの」
「うん」
ユールーは同情しながら頷いた。
そして、この世界にある第二の性別の説明をする。
するとコノカは「オメガバース?」と呟いた。
ユールーはオメガバースという言葉を知らないが、おそらくコノカの世界でいう所の第二の性別のことだろう。
「この国ではあまりそんな感じではないのだけど、ナンファンでは男性優位前提での第一性別信仰が強くて、年配の人達の多くに、妊娠できるΩ男性はまるで女みたいで恥ずかしいもの、α女性は男に取って代わる図々しくてみっともないものという認識があるの。で、今回の婚姻でナンファン側の候補となっているのが、第一皇子のオーミア様。性別は男性のΩ。王族だから公に何も言われないけど、保守派の大臣達からは蔑まれているみたい」
前置き長いとか思う場合じゃなかった、と言ってコノカが聞く姿勢を正した。
「で、こちらの候補は二人上がっていて、一番上の皇女ウルリナ様。性別は女性のα。その弟の第一皇子グァンラン様。男性のα。ところが男性優位でΩ男性は恥というあの国の感情では、組み合わせが男女とはいえ図々しいα女が来るのは、しかも女に孕まされる可能性があるのはもってのほか。α男に孕まされるΩ男はもっと恥って話になって……これが前置きその2」
「本題まだだった」
「ごめん。たぶんこっから本題にいける。たぶん。それでも互いの国を守るために話は進めなければならない。ひとまずの顔合わせとして小さなパーティーを開くことになって。あ、その前の補足としてウルリナ様にはもう婚約者がおられるの。話によっては無かったことにされそうだけど。で本筋に戻るけど、そのパーティーでうちの兄皇子のグァンラン様と向こうのオーミア様が」
ユールーは両手の人差し指をくっつけた。
コノカが片手を口に当てる。
「おう……」
「おうとも。お互いに一目ぼれ。だけど、ナンファンは?」
「ええと、もっと恥?」
「そう。向こうがグァンラン様で納得すれば今すぐすべて順調に話が進むんだけど。そこで兄想いの第二皇子でありながら酔興にも遊撃隊の第一隊長をしているオルオン様が、この国に伝わる救世主召喚の魔法をお城の図書庫の奥の奥から見つけ出して」
その言葉の続きがユールーの視線の先にいる自分だと解ったが、コノカは困惑した。
「や………でもさ、それはさ。両方の国の、なんというか偉い人たち?その人達がもう少し話し合ったら、どうにかなったのでは。難しい魔法を使わなくても………というか、召喚の専門家じゃない人達が下宿でダメ元で呼び出した私は、ええと、ここの人達が元々呼び出したかった人物で合ってるのかな」
コノカの問いは、召喚の儀に参加した顔ぶれ全員がまさに今胸の中で思っていることだった。
オルオンの知らせを聞いて、まもなく魔導師団の者や神殿の聖職者達がコノカを調べに来るだろう。
「合ってても違っても、見捨てる事はしないよ」
ユールーは元気づけるように言った。
ウルリナもヴァンランもオルオンも情は深い。
万が一見て見ぬふりをする事になったら、ユールーが当面世話をすると心に決めていた。
突然知らない場所に呼び出されて戻れないなんて目にあわされて………あれ、そういえば元の世界に戻れない事は言ったっけ。
ユールーが上目遣いにコノカへそれを告げると、彼女は「やっぱり」とつぶやいてふふと笑った。
「召喚されて戻れないのは王道パターンだね」
「王道なのかは解らないけどごめん」
謝りながら、コノカの様子があまり悲観的で無いことが気になった。
「元の世界、あまり好きじゃなかった?」
「ううん、とくに好きでも嫌いでも。そうだな………弟がいるから親はそれほど悲しまないと思うし、学校も通学路が私一人だけ逆だからとても親しいって人はいないし、幼なじみ達も違う学校でそれぞれ親友を作ってるし………ああ、好きな小説やマンガの続きを読めないのは心残りかな。やりかけのPRGとかもBLゲーとかも」
時々解らない単語が出てくるがショウセツやマンガは書物みたいなものなのかなとユールーは思った。
アールなんとかとビエルゲーは、やりかけと言ってるからおそらく何か大事な作業だったのだろう。
「コノカの心残りが埋まるくらいの楽しいことを探すの手伝うよ。この世界にも面白い読み物はたくさんあるし、字の読み方も教える」
するとコノカは首を振った。
「心残りを埋めるものはもう見つけた」
拳を握り彼女は涼しい目をきらりと輝かせた。
「αとΩの皇子様たちの恋の行方。私が本物でも違ってても応援する」
予想より協力的だ!
ユールーはコノカに応えて拳を作り、頷いた。
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