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1-3量産Ωの行く先は
さて、イスルギコノカが目的の人物であったかどうか。
コノカを調べた魔導師達の結果から述べると、おおむね該当人物であるということだった。
理由は三つで、一つ目は瞳の色だった。この国の人間の肌の色はほとんど薄褐色か薄橙で髪は黒いが、瞳の色はそれぞれ実にカラフルだった。
コノカも肌と髪色はこの国の人々と変わらなかったが、瞳の色が今までこの国には存在しない、黒と表現しても差し支えない、明るい場所で見てやっとわかるほどの濃い茶であった。
二つ目は召喚の儀が載った書物に記されている救世者の体質と同じ特別なαであるという事。
この特別なαとは、Ωのフェロモンが効かない体であるということ。細かく言うとすべて効かない訳ではなく、本人が気に入ったΩのフェロモンでないと反応しないという体質だった。
三つ目は体力、筋力、魔力等の全てのステータスが常人の平均より遥かに上回っている他、コノカだけが使える特殊な能力があるという事だ。
それは、意志を込めて殴った相手の体質がΩにかわるというものだった。
審査中の期間に気晴らしで街に散歩にでて、偶然ひったくりを殴った時に覚醒した。
物騒すぎるその能力は本当に召喚の救世者のものなのか、しかしそう簡単に呼び出されては困る能力ゆえに救世者だと言うべきなのか、上層部でも軽く揉めた。
さらに魔導師が一人もいない状態で呼び出されたことが彼らの誇りに幾分か傷を付け、結果『おおむね』という言葉が付いた。
『おおむね救世者』のコノカは、召喚者である事を秘密にし、更にその特殊能力を公の場では使わないことを約束して、皇女や皇子達三姉弟の庇護のもとオルオンが率いる遊撃隊の一人となった。
それから数カ月の間城下町の警備や祭事の手伝いや盗賊退治などをこなして、彼女はこの世界に馴染んでいった。
珍しい黒い瞳も、町の人々からは『どこか遠い国から来た女の子』という感覚でやがて気にされなくなった。
話は下宿屋襲撃事件の直後に戻る。
「いったい誰からコノカを狙うよう命令されたんだ?」
オルオンが頭目の顎を掴んで顔を上げさせながら言った。
「まだ落ちたまんまですよ」
彼を縛り上げながらユールーが言う。
「知ってるよ。独り言だ独り言。おーいコノカ。こいつ顔はなかなか良いぞ。ちょうどヒート起こしているし試してみたらどうだ?お前まだなんだろ?」
敵の男達をひととおりΩにして戻ってきたコノカにオルオンが言った。
コノカは眉間にしわを寄せた。
「いやですよ。しませんよ。セクハラですよ。あと狂叫拳の二つ名もなんかラーメン屋みたいでやです」
「そうですよ。セクハラですよ。あと私は二つ名は格好いいと思うけど、らーめんやってなに?コノカ」
セクハラという言葉の意味をコノカに聞いてから、ユールーもよく使うようになった。
二つ名についてはキョウキョウ軒と変換した場合の『軒』から説明しなくてはならないのでコノカは「ごはん屋さん的な感じ」とざっくり答えた。
「そうだぞ。セクハラだぞ。気配りのできん奴だな。ごはん屋さんは嫌なのか、コノカ」
牢番への手続きを通信魔法で済ませて、口と鼻を布で押さえながらグァンランが戻ってくる。
この第一皇子はコノカの庇護者となってからそれを理由に時々城を抜けては弟の隊に混ざり込んでくる。
第一皇子という立場でなければこの青年も外に出て動き回りたい気性のようだ。
まあごはん屋さんは置いといて、とグァンランは続けた。
「α囚人棟の牢番から通信が帰ってきた。こいつは一号室で、二号室以下の部屋割りは牢番に任せる」
「一号室というとアイツか。たしか三か月前にΩの囚人が差し入れられたんじゃなかったっけ」
「あまり好みじゃなかったようで、ヒートが来る前にΩ棟にもどされたそうだ。尻はボロボロだったそうだけどな」
物騒なやり取りの後に、弟皇子は気の毒そうに刺客の頭目を見て言った。
「α棟の一号室こそ、一年前までこの周辺国に名をとどろかせた大盗賊ビッチー・クッコーロ」
聞いた途端コノカがブハッと吹いた。
「そして二号室は弟のキール・クッコーロだ」
続く言葉に震えて顔を覆う。
「あいつらの名前を聞くたびコノカがおかしくなるなあ」
くっころのビッチなのにαかよ、くっころでkillかよどっちだよ……などと呻いている彼女を、グァンランは微笑ましいものを見る顔で眺めた。
ビッチーとキールの兄弟は囚人でありながら各国の様々な情報を持っており、その情報を共有することを引き換えに、食事と性処理の面では他の囚人たちより少しだけ特別扱いを許されている。
このあと受ける取り調べのあと、さらに過酷な展開が待ち受けるであろう刺客達を気の毒な思いでコノカ達は見送った。
まだ夜明けまでいくらかは眠れそうだった。
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