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1-4グァンラン煩悶
刺客たちを牢に預けたあと、グァンランはそっと宮殿の自室に戻った。
そっとと言っても、数人の気安い使用人たちには知られている。
向こうも見なかったこととしてくれていた。
朝まで軽く一眠りはできそうか………と考えていたが、何気なく目をやった寝台の、枕の下に青い封筒が挟まっているのを見つけた途端、うっすらと感じていた眠気はたちまち消え去った。
魔法を介した届いた恋人からの手紙だった。
二人だけの合言葉で開く通信路で、誰にも邪魔されること無く手紙をやり取りできるのだ。
もし届いた封筒が自分以外の誰かに見つかっても、受け取る側が決めた呪文がなければ読むことはできない。
封筒を手にして、グァンランはまるでそこに本人がいるかのように優しく「オーミア」と呼びかけた。
すると固く閉じていた封筒の端が薄く開く。
その隙間に人差し指を挿れると、それは指を挟んだまま一度ひたりと閉じて、数秒後にゆっくりとすべてが開かれた。
互いの指の形が手紙を開く鍵になっているのだ。
封を解かれた手紙を開こうとして、グァンランは手を止め目を見開いた。
たたまれた便箋からゆらりと陽炎がたち、得も言われぬ良い匂いとともにオーミアの姿が現れたのだ。
ほのかに向こうが透けているので、本物ではなく魔法による幻像だとわかる。
他の者に見られ無いようにいつも文字だけ送り合っていて、今回のようなことは初めてだった。
姿を目にしたのは見初め合った時の数日以来だ。
あの頃と同じように着崩すこと無く衣を纏い、長く艷やかな髪もゆったりと横結びに垂らしている。
グァンランは、少しやつれてた様子だが益々美しさを増している想い人に見入った。
オーミアは戸惑ったように微笑み、ひそめた声で言った。
『姿や声は極力送らない約束だったのにすまない。抑制薬を飲んで、抑える魔法も使っているのだけど、今度のヒートは長くて。
この時期の、なんというか、発情しているこんな姿はね、誰にも見られたくないとずっと思っていたのに。
今は逆に、貴殿に見てほしくてたまらなくなって、こんなこと。その、心がね。あ、熱くって。………ね』
この言葉で、手紙から匂い立ったものは彼から溢れるフェロモンだと気づいた。
カアッと顔が火照る。
どの人のフェロモンも比較するものではないと頭ではわかっているが、捕物の時に嗅いだ男のフェロモンとは比べられないほどオーミアのものは深く甘美で、頭の芯まで染み込んでくる段違いの匂いだった。
普段はこんなことを口にしない真面目な青年だと知っているので、そのギャップも相乗効果になっている。
『君に出会ってからというもの、ヒートの期間は症状が強く感じてはいたんだけど。今回は特に、気持ちも体もたまらなく切なくて。こんなこと次からはしないから、どうか………君の声を聞かせてくれない、かな』
オーミアの頬はヒートと恥ずかしさで染まっていた。
その深い蜜色の瞳は、溶け出しそうに潤んでいた。
魔法の記録はそこで終わったようで、オーミアの姿はゆらりと消えた。
便箋にはいつもの通り最近あったことなどが当たり障り無く書いてある。
幻像効果は一回きりのようだ。
呻いて天井を仰いだあと、グァンランは姿を送れない旨の短い詫びを便箋に記したあと、録音魔法を発動した。
彼は幻像を送る術はまだ使いこなせておらず、送れるのは音声のみなのだ。
辛い体への気遣いと「好き」を伝える言葉を幾つもと、今までに二人の間で交わしたことがあるちょっと性的な意味合いの言葉を少しだけ記録して送った。
突然届けられた欲情の火種に手紙を見つけた時とは違う理由で眠気は消え失せ、グァンランは便箋にまだ匂いが残っているのを確かめながら寝台に倒れ込む。
オーミアはもう、いやきっと今も眠れずにいるだろう。
手紙を受け取ったら、きっとこれから自分が始める行為と同じ事をするとわかっていた。
離れていてもほぼ同じ時間に互いを想い同じことをするなら、それはもう契りを交わしていると同じでは?
などとグァンランは収まらない熱に酔いながら思った。
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