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1-5コノカ悶々

 夜中の捕物で気が立ったせいか上手く眠りが訪れず、コノカは浅い眠りと目覚めを繰り返した後に結局部屋を出て厨房へ向かった。  そこには食事の準備を始める下宿のおばさんのほか、コノカと同じように早く起きてしまった者が二人いた。  ユールーと、オルオンの親友であるシアフーだ。 「おはようコノカ。目が冴えてるならこの子たちと一緒に台所を手伝ってちょうだいな」 おばさんは汁物に使う野菜が入った籠を指さして言った。  少女二人は言われた通りに野菜の皮を剥き始めたが、ユールーは隣に座るコノカが時折ため息をつき、口を少しへの字にしていることに気がついた。 「コノカまだ疲れてるんじゃないかな。もう少し休んでおいでよ」 気遣って声を掛けるが、コノカはううんと首を振った。  そしておばさんとシアフーが人数分の卵を焼くのに奮闘しているのを確認してから、ユールーに顔を寄せて、小声で聞いた。 「あのね。αの女の人って、そういうコトをする時、その………あの場所が男の人の形になるって本当?」 夕べの捕物でオルオンが飛ばした下品な冗談のことを気にしていたらしい。 「なるほど」 ユールーは頷いた。  この世界では常識だが、コノカの世界では(心の性別は置いといて)二つだけだと聞くし、それなら彼女が戸惑うのもやむなしと思った。 「私はβだし、そういうのはまだ経験がないのだけど、αの女の人はそうだよ」 「みっ…見たことある?」 「ある。女盗賊の捕物の時にアジトに踏み込んだら、ヤってる真っ最中だった。生えてんのは男の人とそんな変わらない感じだったよ。たぶん」 「ちょっと。若い女の子が朝からそんな話をするんじゃないの」 聞こえていたようだ。おばさんからお叱りが飛んだ。 「私よりシアフー副長のほうがそういうの詳しいかも。オルオン隊長の補佐で色んな現場に踏み込んでるし」 ユールーに突然話を振られて、シアフーは振り向いた。 「知っていてもそんな話は場所と相手を選ぶもんだよ。だいたいコノカがこの先好きになるのはαかβの男である可能性の方が高いんだし、もしΩの男と付き合ったとしても男役をしなきゃいけない訳じゃない。そんな今から心配しなくていい。誰かを好きになった時に悩め」 前髪が長めのため表情が半分ほど見えないが、困った顔をしているのが分かる。  そんな先輩の言葉はコノカの耳に半分ほどしか入っていないようだ。  顔を覆い小声の早口で何かをつぶやいている。 「前の世界にいた頃は自分にナニが付いていたらとかこの昂りここちんじゃ足りねえなどと思っていたのにいざ手に入れると心が追いつかねえし現物が付いてもこれと言って気持ちや考え方や世界観が変わる訳じゃなかったいや世界は変わったけどなんという宝の持ち腐れかいやいやこれはそも宝なのかどうかももはや……!」  ユールーは親友となったコノカを見つめた。 (普段は冷静で涼しげで、声も低くて格好良くて、町の女の子たちにちょっと人気があるくらい凛々しい子なのに、たまにこうなるなあ。ここちんって何だろう、今度聞いてみよう……)  コノカは落ち着いてあまり表情を出さないが、一緒に過ごしている内にどうやら男性と男性の恋愛話は好きなようだとユールーにはわかってきていた。  実は今ここで仲間達の卵を焼いている青年シアフーも、上司であるオルオンとは親友の延長でうっかりずるずるズルズルと体の縁を結んでいる。  隊の中での公然の秘密というやつだ。  β同士かつ平民と末っ子とはいえ王族という関係ゆえに、『肉体関係がある友達』から『恋人同士』に変わったとしても伴侶として共にこの先の人生を歩むのはいささか難しい………コノカの身辺が落ち着いたら、身近な二人がそんな関係であることを、ユールーはそっと教えるつもりであった。  でも今は自分の体にいっぱいいっぱい、まだ混乱しているようだ。  いつこっそり教えようか、知った時のコノカの表情を想像しながら、ユールーは野菜の皮剥きの続きを始めた。

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