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第8話 時には花であって…水であって…
強い日差しに今日も、上がるであろう気温を予想しながら水拭き用の布巾と、乾拭き用の布巾を手に持つ僕は、心して店のドアを開けようと身構える。
「それじゃ僕は、これからドアのガラスとショーウインドー拭いてから…ショーケースを拭くね」
「分かった。今日は、午前中だけ店を開けて、午後からは講義があるから。忙しいな…昼どっかで食う?」
アサキが、モップ片手に店側の時計を気した風に眺める。
「大丈夫。朝ご飯と一緒に、おにぎりと少しオカズを作ったから。向こうで食べよう」
「えっ、マジ? めちゃくちゃ嬉しい」
「良かった。ほら昨日、レンチンできるようにって多目にご飯炊いたから。鮭と梅干し2つずつ」
「うん最高じゃん!」
共有する時間が、まだ少しこそばゆい。
一緒にって言うのも、慣れてるようで慣れなくて…
でもその隣に安心できる自分に、改めて気付くことができたようで…
それも、こそばゆい。
「あっ…そうだ」
「ん?」
「週末。なんか用事ある?」
「無いけど…?」
「じゃさぁ…週末…車レンタして、お前の荷物取りに行く?」
「えっ…僕まだ部屋決めてないけど……」
「バーカ。ここに持ってくんだろ? もうそれでいいだろ?」
ムッとしながらも、俺の顔が少し赤くなってるのは、見て見ぬ振りをしてくれ…
「アサキ?…」
相変わらずポーッとした表情のままセリは、俺の方を見ていた。
「ポーっとし過ぎな。意味分ってんの?」
「えっと……その…」
「ここで、一緒に住んで欲しいってことな…」
俺は、わざとセリの目の前で、手をヒラヒラさせた。
「えっ…なに?」
不思議そうに俺の手を取るセリの手の平を、俺の指先に乗せる。
「そのさぁ…指輪…新しいの作った。いや…その前のは、渾身のって感じに作ったけど…色々と曰くが付いて、そのまま店のディスプレイになったから」
「あぁ……」あの非売品の?
「また作ったとか、言うなよ…」
この頃、マジで言いそうだからコエーんだよ。
なんって言うか…
前に付き合っていた時よりも、セリって言う存在が、より近くなったようで俺としては、嬉しいが本音だけど。
「強引だねとは、思うけど?…」
「はいはい。俺は、いつでも強引ですよ!」
サッと、もう片方の握った手から指輪を差し出す。
「キザったらしいけどさぁ…受け取って欲しい。勿論、嫌じゃなきゃな…」
「うわぁ~っ。ストレート」
そう言いながらニコニコして、言っくれたセリに今俺は、心底安心している。
「ありがとう」
ぴったりと、ハマるサイズと分かって作っているのに…
左手の指にはめ終わるまで、緊張した。
羽をモチーフにして、青い石を葉で囲み石の台座を中心に咲く花に見立てた。
「似合う?」
「うん」
笑顔が戻りつつあるセリに、よく似合っている。
セリは、掃除をしながら。
店番をしながら。
嬉しそうな表情を浮かべいつものように通りを眺め…
時々、手元の指輪を見詰めては、にっこりと笑う。
こう言う時間が、今の俺にとって掛け替えのない瞬間なんだと気付かされつつある。
もちろん。行き違いとかで怒りもすれば、言い合いになることだってある。
今では、相手に気を遣っていたのを、お互いに言うだけ言ってが多くなり。
前のような受け流してが、少なくなった。
だって単純に時間が、解決してくれると本気で思ってたから。
人任せな俺らは、時間がってほど何も共有してなかった。
過去の俺ら(特に俺)は、傍にいたいってだけで、本人がどう思っているとか、深く考えてなかった。
いい加減と言えば、いい加減…
一度、離れてみて一方通行な気持ちだった事に気付けたし。
俺には、セリしかいないって思い知らされた。
よりを戻したに入るんだろうけど…
前の付き合いよりも、今のこの流れの中で笑ったり怒ったり素直にできている今の方が、しっくりとくる。
きっとこの先には、辛い出来事もあるだろうし。
飛び上がるぐらい嬉しい事だって、きっとあるだろうから…
それを、お互いに誰よりも近くで見守られるなら。
「アサキ休憩しよう。新しいレモングラスとハーブのお茶作ったから」
俺は、初めて寄り添いたいと思える相手に出会えたんだと、より強く思えるようになった。
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