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第9話 ホットな季節

 一緒に住むようになってから数ヶ月が過ぎ今、外は小雪の交じる季節になってきた。  アサキとの関係は、その後…  可もなく不可もない恋人って言えば、恋人のまま何事もなかったように暮らしいている。  それこそ。  自分達でさえ数ヶ月間も、音信不通で別れていたなんって夢だったんじゃないか? そんな錯覚を起こすぐらい仲としては、今の所良好だったりする。  それでも、僕達のことをよく知っている人達は、気に掛けてくれている。  普通にしていても、やっぱりアサキはモテる人だしね…  ただ前みたいな振る舞いって言うの? フリをしなくなった分。  僕にも他人にも、臆することなく隣から動かないとか離れない現象が起こってい。  元々、距離は近い方だったからそこまで僕は、うっとおしいとは思ったりしなかったけど…  周りが、付かず離れずなアサキに驚いているようだった。    『ずっと一緒で…疲れない?』    同じ大学に通う共通の友人が、呆れたふうに話しかけて来たのは秋も半ばで、構内で紅葉樹が赤や黄色に色づき始めた頃だった。  『付き合ってんだから良いだろ?』    ムッとしながら席から立ち上がり僕の着ている上着のフードを摘みあげ一緒に帰るぞと、僕を外に連れ出してくた。    照れくさい。  別に嫌なことではなかったし強引だったけど、僕自身も納得したことだったから素直に付いてきただけなのに…  アサキは当初、途中で僕が居なくなるのでは? と思っていたらしく振り返る度に僕が居るものだから大学の外に出てきた時点では、固まって立ち尽くしていた。  『なんで居んの?』  『えっ?』  『えっ…とぉ?』  アサキのポカン顔に一瞬、どついてやろうかと思ったけど、僕が睨んだたけで終わらせるとその表情に慌てて追ってきた時は、さすがに笑ってしまった。      前までだったら僕は、立ち去ったままだったしアサキも追ってはこなかった。    なんって言うか、それなりに学んだってことで……  『なんで笑ってんだよ!』  『笑ってなんってないよ』  『嘘つけ…』  目に見えて、変わったわけじゃなくて…  言いたいことが言えるようになったことが、良かったのかもしれない。    “ 単純 ” と最初、よりを戻したころによく言われた。  自分達でさえ一理あると思った程だもの他人から見れば、思うのは当たり前だよね…    僕達は現在も、あの場所で住んでいる。  当然、一緒に居れば些細な事で言い合う事もあるしそれが元で、その言い合いに納得がいかなくて口を利かなくなる時だってある。  それでも今の方が、2人の関係に前よりも甘えられているのも本当だから。  『へぇ~っ…前よりも随分とマイルドな関係になったのね…』  『マイルド?』僕の言葉にハナさんは、クスリと笑う。  『ほら。やっぱり前はギスギスして感じもあるでしょ?』  『あぁ…』心当たりが、あり過ぎる。  『それに皆、が心配しているのはセリさんが、嫌にならなければ良いなって事よ。アレから数ヶ月経つけど良さそうじゃない? ヤツの関係は? だから一緒に居られる…でしょ?』  『ですね…嫌なら出てってますね…』  ハナさんが、また笑う。  でも、一息吐いて僕に向き直すと、静かに話し始める。  『…あれからね。ユヅくんから両親の事を色々と聞かされたのよ…で、ユヅくんが、ずっと仲良しと思っていた両親が、上手くいってなかったことにどうして、気付けなかったのかってね……』  見かけや、はたから見れば両親は、仲が良いように見えていた。  自分の親や親戚も騙していたのだから。    『僕だって10年前の2人の遣り取りを知らなければ、今の2人の変化には気付かなかったと思います』  知っていたからこそ気付いてしまった。  それに…  『母は、流されるような人じゃないから。ダメだと思ったらダメなんだと思う。父みたいに縋り付く人とは、合わなかったのかも知れません…』  『痛烈ね』  『そうでもないですよ』  実際、僕とアサキは、それを繰り返してでも側に居ようとしているし。    『まぁ…これからどうなるかは、僕達次第ですけど…』  『それでも良いって2人で決めたんでしょ? それともまだ不安?』  『分かりません…』  『本当にセリさんって、素直ね』  『…………』  黙るしか出来ない僕の肩にハナさんは、ポンッと手を置いた。  『その時は、ユヅくんと一緒にアイツを、シメる予定だから大丈夫よ。安心して』  『…えっ……』  『いや私は、マジで言ってるのよ。まぁ…一緒にシメる前にユヅくんが、単独でアイツをブッ飛ばしに来そうだけどね…』  『…そう…ですね…そんな気がします…』  『でしょ?』          真面目な伝票の遣り取り中にハナさんが、休憩にと吸ったタバコの煙を吐き切った後、吹き出すみたいに笑った。  それにユヅキ本人とは、やっとになるけど…  つい先日、両親のことは勿論。  僕やアサキとの事も、ちゃんと話し合った。  『ってか、兄貴さぁ…雰囲気変わったよな?…』  学校帰りだと言う弟のユヅキは、僕がここに、住むようになってからよく店に顔を出してくれるようになった。  ホットのレモングラスとハーブのお茶を淹れたマグカップを、カウンター越し座るユヅの前に置いた。  『そんなに、変わったかな?』  『うん。なんか、今までは…思い詰めると…我慢してます。我慢し過ぎてます…って感じだったのに今は、ちゃんと伝えたい事とか言えてるような? あのドヨンとした感じが、無くった気がする…』   あの? とは?  『オレ。この間、アサキさんも居る時に、カノジョ連れてきたじゃん? そのカノジョも、帰り際に同じこと言ってたから』  ユヅのカノジョさんも…  『ほら。兄貴って…雰囲気が、柔らかいのに…たまにどぎついオーラ…本音? みたいもんが漏れてる感じがしてたんだよね…』  相手に二股されてますとか、その相手に自分がどう思われてるか、分かりません。  ……とか…  次いでに自分も、どうして良いのか分かりません…  何って、誰にも相談できないから…  悩んでいたんだろうけど、自分が我慢すれば、見えてないふりすればいいって本気で思い込んでいた…  本音を言って、アサキに嫌われたくないとかさぁ…    本気で好きになられても…  両親の事があるし。  素直に相手からの想いを、信じられる自信ない。  今、冷静になって考えると自分でも、どうかしてたと思う。  一方的に僕が別れを切り出してからは、好きだった感情も無かった事にしてアサキを忘れようとしていた。   元カレって言葉を言い聞かせながら。   少しでも、前向きにって思える様になった頃。  再びの父の浮気を、母親から相談された…  その時に母が、もう別れを意識していたかは、分からない。  あの後、母は1人冷静になって考えるって言ってた。    『…それが、結果的にこうなったと…?』  『多分ね…正直…相談された時点で母さんは、吹きれてるみたいだし父は、あんなだし…これが、一番良かったのかもよ…』  ふ~んっと、ユヅキは湯気の立ち上るレモングラスとハーブのお茶に口をつけた。  『でもさぁ…、兄貴とアサキさんは一度は、別れたんだよな? 兄貴達にとってのそれは、冷却期間的なものになったの?』  そうなのかな…  『…オレにはさぁ…兄貴にとっても、アサキさんにとっても、今までの関係とか、自分の気持を見つめ直すには、ちょうど良かったって見えてるよ』  優しい湯気が漂うカップを、両手で包むユヅキの表情はドコか暗い。  『だからかなぁ…両親も、そう言う風に出来なかったのかなって…』  中には再構築とか、別居しながら色々と模索してるって話は、たまに聞く。  『…でも僕は、両親が、こんな風に間を置いたとしても、元には戻れなかったと思う。ユヅも言って言ってたけど前の家には、後妻さんみたいな人が、居るわけじゃん?』  『あっ…』  『母さんに捨てられたって、開き直っちゃったのかもね…』  『…そう言うもん? あんだけ…母さんと別れたくないとか、ゴネにゴネまくってたのに?』  『うん。何って言うか、僕は、母さんの気持は、分からないよ。でも…』  父さんも、母さんに対して試すとか、縋るって感情は何度も、あったんだよ。  母さんが、別れ話を切り出したあの日の夕方までは…  『少しは、期待していたのかも知れない…』  でも、母さんは、それに応えようとしなかった…  もしかしたら。  昔は、父の思いに応えなきゃって多少は、あったのかもしれないけど、母さんの中では、そんな時間はとっくに過ぎてて…  『もう知るかって感情の方が、大きかったのかな?…』  『なんか…難しい話だな…』  『うん。それでも2人は、2人なりに結論付けたって事だよ…』  …なんって、簡単に言ってしまったけど、両親にとっては簡単な事ではなかっと思う。  ただ後に立たされた僕らには、そんな風に区切って解釈でもしないと前を向けない気がした。  『じゃ、もうそろそろオレ帰るから』  いつも通りの笑みを、見せながらユヅキは、ハナさんの作業場の方に帰っていった。    今思い出しても、あの頃の僕は、別れたと言うよりも、必死にアサキから逃げていた。  アサキを、思い出したくもないとも思った。  ピアスだって捨てようと思えば、捨てられた。  デパートで返した木の箱の中に、しのばせる事も出来た。  それでも、手放せなかったのは、僕もアサキに、縋っていたから…  例のピアスは、僕の両耳につけてある。  別れてからのアサキに対する気持の動きは、母さんに通じるかもしれない。  色々な大人の事情って言う自己都合な場面を、見てきたから。  素直に好きとか、そう言う感情に振り回されたくなくて…  裏があるって勝手に思い込んでた。  嫌いで、別れたはずなのに…  嫌いになれない自分。    同じ大学で同じ学部で似たような友人関係がある中で、会わないようにする方が、まず無理な話なわけだから。  極力アサキの目につかないようにとか、気を使ったよなぁ…  全部、数ヶ月前にあった事なのに物凄く昔の事に思えてくるから不思議だな…  僕は、雪でも降りそうな寒空を店のカウンターから眺めていた。   2  気が付けば今年も、残りあとわずか、いわゆるクリスマスと年末を残すのみだ。  俺は…多分。  相変わらずで…  セリは、寒いのかこの頃よく厚手のカーディガンをはおったり膝掛けを準備して店番をしていてくれる。  街の様子は、この間よりも冬らしくなっていき一ヶ月半前に言ってた挨拶と一緒にワンセットの暑いですねが、嘘みたいだなって…  ホットのレモングラスとハーブのお茶を飲みながらボンヤリと考えていた。  “ クリスマスにいかがですか? ”  “ 大切な人へのプレゼントを ”  それとも、  “ 想い伝えてみてください? ”  キャッチコピーじゃないけど…  そんな言葉を意識して…    店内を2人で飾ったのは、11月の終わりの閉店後。  オーナメントとか、動画で見てこれなら作れそうかなって一緒に作ってみた小物に雑貨屋や100均で、気になって買ったキラキラした飾りを、ドアや窓際に置いてみた。    セリの実家で飾っていた小さなツリーを、母の実家から譲ってもらい段ボールに可愛らしい包装紙とキラキラしたリボンでプレゼントの箱に見立ててツリーの根元に置いて見るとセリは昔から見慣れてるツリーが、不思議と別なツリーに見えると喜んでいた。  「あぁ…場所が変わると、違って見えるって言うからか?」  「何で、疑問形?」  「いや。何って言うかぁ~」  踏台に使っていた小さい脚立に腰掛けたアサキは、店の壁掛け時計を眺める。  「なぁ…もう少し飾り買わないか?」  「……なんか良いのあったの?」  「リースって言うのか? ドアと扉に飾る大きな輪っかみたいな?」  「クリスマスリースのこと?」  「そうそう。木の実とか、葉とかリボンとかさ…あれって、売ってんの? 自分で作んの?」  よく行くホームセンターのクリスマス特設コーナーにリースが、あった事を思い出す。  「今は百均でも、材料とか手軽に売ってるよ」  確か、ホームセンターで見かけたのは、木のツルで出来たリースで飾りも付いてたやつだったかな?  百均のは、ツルのリースだけだったと思う。  「それって…自分で作れってことだよな?」  「そうだよ? クリスマスのオーナメントを飾ったりもするし。ドコで買い揃えるかは…お好みかなぁ?…」    ふ~~ん。と、首を傾げながらそのまま脚立に座り込むアサキは、閃いたみたいに僕を呼び止める。  「夕飯の買出し次いでに100均に行かね?」  「自分らしいの作るんだ?」  「そういう事!」  散らかった床をホウキで掃いているとアサキは、早速とばかりに自分のコートと僕のコートを手に取って外に連れ出す。  「まだ掃き掃除終わってないよ!」  「たまには後だって良いじゃん?」  強引と言うか…  思ったら即行動は、変わらないな本当に色々あり過ぎて、慣れようって開き直っちゃったけど…  「なに笑っての?」  「アサキらしいなってさぁ…」  「…強引…過ぎた?」   「大丈夫だよ。夕飯の買出しもしたかったし荷物持つの手伝ってくれるんでしょ?」  「勿論!」  「じゃ…野菜とか、いっぱい買おうかな?」  「おい!」  「ウソウソ。一緒に持って欲しい」  「うん」  こう言う遣り取りも、最近…  良いなって思えるようになった。  逆になんで苦しいって、思っていたのか思えるようになってた。    もしかしたら。  嬉しさだったり。  恥ずかしさだったり。    そう言う思いが、自分の中にあるって事に気付いたのかもしれない。  裏の裏しか見れなくて、本心を直視出来なくて…  「セリ…寒くねぇ?」  「大丈夫だよ」  疑う前にちゃんと、話を聞こうって…  「……………」確かに…  たまに…うっとおしいとか、嫌だなって思う時はある。  でも、居ないと淋しい。    相変わらずアサキは、モテるからそんな場面を見ちゃうとモヤってなる感情が出てきて…  あぁ…これが、嫉妬で好きな人に対する自分の内面の1つなんだなって…  こう思うことは、当たり前な表現なんだって理解できるようになった。    それに…  アサキだって僕が知り合いとか、普通に話したりしてる時に…  ズカズカやってきて隣を陣取って相手を、睨んだりするって事もあるから。  何って言うか、お互い様的な?  でも、取り敢えず。    『皆、怖がるから止めて欲しいんだけど…』  と言っても、聞きやしないから今では、周りの皆がハイハイ慣れましたよぉ~っ…的な扱いになってきたのアサキは、気付いているかなぁ…って振り返ったら『セリは、俺のだから!』と、目の前で言われた。  いやぁ…その…  『俺のって…』  『何…嫌なの?』  『嫌って、言うか…』  『俺は、セリが好きだから。セリにも、好きなってもらいたい』  『…何度も、聞いてるよ…』  スッと立ち上がり一歩下がって、こう続けた。  『セリはさぁ…今、俺が言ったみたいなこと言うの苦手だろ?』    確かに。  『でもさぁ…こうやって一緒に居てくれるって事は、俺と同じって思っても良いんだよな?』  『…あっ……えっと…』    下を向く僕の顔を、どうにかして見ようとして身を屈めようとする。  『ちょっ…覗き込まないで欲しい…』  照れ臭いって言うのかなぁ?  慌てて顔を覆った。  だって大抵、そう言う時の僕は、顔を赤くしてると思ったし。  『…顔が、熱かったりする?』  アサキは、ニッて笑う。  『からかわないで』  『からかってないよ。お詫びに肉屋の唐揚げ奢る!』  『本当に?』  唐揚げ…  好きなの覚えててくれたんだ…  『うん。だから早く帰ろう』  今は、そう言う何気ない遣り取りが、嫌じゃなくなった。  差し出された手を繋いだり握ったり温かいなって、嬉しくて仕方がない。        

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