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二、過去帳
この人は、えんじゅさん。
木へんに鬼と書いて、「槐」。本当の名前かどうかは知らない。
俺のじーちゃんの兄弟の孫だから、一応、俺とは血縁者になる。分かってる。男同士ってだけでもヤベーのに、血が繋がってるなんて、終わってる。
家系図上は、はとことか、又従兄弟というらしい。苗字も同じ、本多 。本田ではなく、本多だ。
この槐さんは、うちの親族の間では「祟り」なんて言われていた。
実の親が死んで、親類縁者をたらい回しにされる。行く先々でもまた不幸が起きて……なんて言うのはよくある話だが、うちの場合は、と言うかこの人の場合は、事情が違う。
この人が来ると、その家の男が全員おかしくなってしまったらしい。
ひと目見ただけで、槐さんのことしか考えられなくなる。
熱に浮かされて、狂ってしまう。いわゆる恋や浮気なんて生ぬるい感情じゃなく、欲情とか劣情とか、そういうやつ。
だから「家を破滅させる」とも言われていた。
女にとっては堪ったものではないと、女じゃない俺でも分かる。自分たちを守ってくれるはずのダンナ、オヤジ、息子、兄弟、じーちゃんまでもが、血が繋がった男に入れあげるなんか。
槐さんも槐さんで、男と女、それぞれから向けられる視線を理解していたし、来る男を拒まなかったらしい。
何なら、槐さんから誘った事もあるとか。
しかもそれは多分、本当の話だ。何せこの人は14歳で、実の父親を誘惑したんだから。
それに応じたオヤジもオヤジだが、俺が言えた口じゃない。
そういう理由で、うちの親類縁者はこの人を恐れていた。ダンナを取られた女も、娘さえ蔑ろになるほど焦がされる男も。
確かに話に聞けば、気持ち悪い以外の何物でもない。
どんなトラブルを起こすか分からないせいで、学校にも行かせられない。当然、社会に出せるはずもなかった。
大人になってもあちこちたらい回しにされて、つい最近、身を寄せていた親戚が亡くなったというわけだ。
最後に槐さんと暮らしていたのは、俺にとっては、お互いに顔も憶えていないほど小さい頃に会ったきりの、じーちゃんの兄ちゃんの奥さん。
家系図で言うと、義理の大伯母さん。
血も繋がっていないし、かなり遠い縁者だったが、通夜にも葬式にも参列した。
亡くなったのが盆休みの前の金曜日で、俺は11日の土曜日から帰省するのが決まっていたから。
かーちゃんから連絡があって、喪服と黒染めのヘアスプレーもひっぱり出して持って帰った。
親戚の葬式に出るのは、高校以来だった。
俺の実家自体は核家族の3人暮らしだったが、父方の親族が多くて、冠婚葬祭も多い家だった。親戚同士、顔を合わせる機会も多かった。
中学や高校の頃は、学校の制服を着て出席していた。大学に上がってからは盆と正月しか帰省しなかったから、両親だけで出席していたらしい。
俺が生まれたのは、長野県の中信・松本市。今住んでいる神奈川県のほぼ中央・綾瀬市からは、東京の八王子まで出て、2時間以上だ。
槐さんもそこで生まれたのかは分からない。誰から産まれたかも、どこで育ったかも、俺はあんまり分かっていない。
今回喪主を務めたのも、故人の息子ではあるが、槐さんの親ではなかった。
義理の大伯母のばーちゃんは未亡人で、年齢も年齢だったし、足も悪くて、認知症も入ってたらしい。息子夫婦とも別居で、いわゆる独居老人だったところに、槐さんが同居して介護をしていた。
槐さんの色気に、唯一惑わされなかった人かも知れない。
最期は家の介護用ベッドの上で、安らかに息を引き取った。看取ったのは槐さんと、施設のヘルパーさんだったそうだ。
そのばーちゃんの息子夫婦は、槐さんに介護を押し付けたかったんだろって、俺はちょっと思ってる。
看取ったのは槐さんなのに、ばーちゃんが亡くなったと知るなりやって来て、遺産を相続するのは自分たちだと、いきなり槐さんを追い出したらしい。
12日が友引だったから、葬式ができたのは13日。
世間では盆休みが始まった事もあり、寺も忙しく、帰省していなかった親戚は集まれず、参列者の少ない割に何だかバタバタした式だった。
そこに、槐という人は来ていなかった。芳名帳にも名前は無かった。
葬式が終わってすぐ、槐さんの身元をどうするかの話になった。本人のいない所で。俺のいる所で。
槐さんは30代前半で、身の回りの事はできても、社会に出た事がないから、誰かが面倒を見なければという話だった。
葬式にすら来なかった、いや、あえて呼ばれなかったこの人を、だ。
じーちゃんはもちろん、ほとんどの親族は槐さんと縁を切りたがっていた。所帯があるとここぞとばかりにアピールして、とにかく自分が築いた家庭と生活を守りたがった。
槐さんの両親らしき人もいなかったし、話を聞いているだけでは、誰が祖父母なのかも分からなかった。
俺はその話し合いまで、そんな人の存在すら知らなかった。
子供の頃から両親に連れられて、少なくとも市内にいる親戚との付き合いはちゃんとしているつもりだったのに。帰省した時もできるだけ顔を出したし、その時には、一族は皆、仲がいいと思っていたのに。
何だか蚊帳の外にいる感じがした。
でも、口ぶりを聞く感じ、こういう話し合いも昔から繰り返されて来たみたいで、皆うんざりしていた。
そこで、俺は自分から手を挙げてしまった。
結婚もしていないし、ちょうど、この夏休みを利用して引っ越す予定だから、少しなら部屋を空けられると。
盆の時期に引っ越しをしてはいけないと昔気質の人は言うが、アパートの老朽化による取り壊しと、引っ越し屋の閑散期と、不動産屋の都合もあって、俺にはむしろ良いタイミングだった。
ここを出なければならないと決まって、もっと便利で、立地のいいマンションも見つかった。
実は彼女と同棲するためにファミリー用の内見までしていたが、契約する直前に別れてしまったので、ドタンバで家賃の安い独身用の部屋に変えたといういわく付きだ。
アパートの家賃も8月末までの分は納めてあるから、それまで使っていいはずで、半月という短い期間にはなるが、槐さんを預かる事にした。
確かに面倒くささもある。でも、何でそうしたかって言うと、単純に、可哀想だったから。
「祟り」とか、「家を破滅させる」とか、そんな言われ方までされて、親戚中から爪弾きにされている。
行く所もないし、世話になった人の葬式にも出られない。俺がその立場だったら、さすがに辛いだろ。そう思ったから。
それに、そんな冷たい親族と同類になりたくなかった。
子供の頃から挨拶をする度、礼儀礼節とうるさく言ってきた人たちが、身内を見捨てようとしているのが耐えられなかった。
困ってる人がいて、自分にできる事があるならやってやりたい。家族想いとか、お人好しとかじゃなく、人間とはそういうもんだと思う。
けど、今になって思うと、それが正しい選択だったのかは、正直分からない。
槐さんは、聞いていた通りか、それ以上に綺麗な人だった。
市内には電車の駅が無いと親戚に伝えておいたからか、アパートの前での道路まで、いかにも高級そうな黒タクで乗り付けてきた。
それを、俺はこの部屋の窓から柵にうつかって見ていた。
あの人が降りて来たのを見た時、もしタバコを咥えてたら、膝の上に落としていたと思う。
ドアが開いて、最初に見えたのは、下駄か草履を履いた足。
それから、すうっと背が高くて、趣味なのか知らないが、高そうな浴衣を着た体。涼しそうな水色の浴衣から出た首と手首と、紺色の帯を巻いた腰が細かった。
俺と同じ30代の男とは思えないほど肌が白くて、きりっとした眉毛と涼しい目元が見えた。
真ん中で分けた前髪は目尻を隠すくらいの長さがあったが、うなじは髪の生え際まで刈って、すっきりしていた。
そんな見た目をしているくせに、部屋に上がってきて挨拶をした声には、意外と低くて大人っぽい雰囲気があった。
当たり前と言えば当たり前か。俺より年上の男なんだから。
身長は、175センチあるか、ないか。大台とはいかずとも、背筋がまっすぐで、細いのに堂々として見える。
肩幅はある方だし、顔は小さいのに、全身のバランスが悪くない。
どこを取っても、余計な部分がない感じがした。
アイドルみたいな、爽やかなイケメンと言うよりは、化粧映えのしそうな、歌舞伎役者みたいだな。そう思った。
そして、俺は早くも、ちょっと後悔した。
これはまずいかもな、と。
生まれて30年間、男に興味なんかまったく無かったのに、2年付き合って結婚まで考えた彼女もいたのに、部屋に入って来たのを見ただけで、クラッと来ていた。
上品そうなお香っぽい匂いがした。爽やかとはむしろ正反対の、ウェットな空気を感じた。
荷物は運び出して、ちゃぶ台と安物のパイプベッドと小さな冷蔵庫しかなくなった六畳間が、歴史モノの映画に出てきそうないかがわしい店に見えた。
あの人の髪型は今っぽいのに、昭和どころか、江戸の吉原にタイムスリップしたみたいだった。
部屋は電化製品も水道も好きに使ってくれていいこと、家賃は払ってあること、俺は勤め先の工場が夏休みのうちに引っ越し作業を終わらせて、残り半月でこの部屋も解約することを伝えた。
8月16日、木曜日の事だ。
家具も新しく買い換えたから、ベッド、ちゃぶ台、冷蔵庫、洗濯機は、粗大ゴミに出すつもりだ。大家からは、置いておいてもいいと言われている。
槐さんが9月からどうするかは、槐さんが決めると思った。
だから、俺は聞かなかったし、口出しする気もなかった。
あの人の持ってきた荷物は、白と紫色の風呂敷ひとつだけ。何枚かの着替え、それも浴衣しか入ってなさそうで、どんな生活をするのかまったく予想できなかった。
槐さんは荷物を置き、部屋をひと通り見回してから、例の涼しい、一重で切れ長の目で俺を見た。
「忠義 くん、だったかな」
綺麗なだけじゃなく、儚いと言うか、悩ましいと言うか、長い睫毛のせいか目が陰っている感じがした。瞳の色も少し薄めで、黒よりも灰色に近いように見えた。
俺は入れ違いで、玄関から出て行こうとしていた。
「忠義 っす。たまに間違われっけど」
本多忠義。それが30年間付き合ってきた俺の名前。
分かってる。あの戦場で1度も傷を負わなかった、最強と謳われる戦国武将と関係があるかどうか。知り合う人全員に聞かれるから。
じーちゃんに聞いたら長い長い話を聞かされたが、結局、繋がりはないらしい。
昔の人は先祖の事になると、話を盛りがちだ。
「んじゃ、俺は自分の家、帰りますんで」
なるべく早く立ち去って、厄介事には関わらないようにしようと思った。我ながら、武将とは程遠い性格だ。
槐さんを引き取ったのは可哀想だったからで、その気持ちに変わりはなかった。
けど、いざ会ってみればすぐに、一緒に居たくない気持ちも分かりかけていた。
同じ空間に来て、この人の湿った空気感が肌にまとわり付いてくるだけで、うっかり手を触れそうになる。
それくらいの隙と危うさがあった。これは社会に出すわけには行かねーなとか、年下なのに親心みたいなのも感じた。
この人が道を歩いているだけでも、まともな男なら放っておかない。同じ男なのに。
そうしたら、槐さんが引き留めてきた。
「もう行くのか? 私はたった今ここに着いたばかりで、右も左も分からないのに」
あの人の手が、白くて長い指が、俺の二の腕に触った。Tシャツの袖をつかもうとしただけかも知れない。
でも、どっちにしろ、俺はあてられてた。
その場で振り返って、ベッドに押し倒してしまった。
いきなり浴衣の胸に手を入れて、触ったり、撫でたりした。槐さんの肌は、指に吸い付いてくるみたいだった。
自分でも何をしているのか分からない。でも、止められない。本当にそんな感じだった。
真夏に外部活をした時みたいに体が火照って、頭がクラクラした。
窓から射し込んでくる真昼の光が暑かった。槐さんがうっすら汗をかいてるのが見えて、浴衣の合わせを両手で力任せに開いて、それを舐めた。
槐さんは慣れっこみたいで、驚いた様子もほとんどなかった。
もちろん、嫌がってもいない。むしろ浴衣の裾をさばいて、脚を開いてきた。俺の腰を受け入れるみたいに膝を立てて。
下にも手を入れて触ると、槐さんは、下着をつけていなかった。
槐さんは自分から俺の手を取って、触らせてきた。男にもある襞が、中指の腹に当たった。
「ここに……」
耳元でそう言われて、じりじりっと後頭部が焦げたような感覚がした。
俺は胸につけていた顔を上げて、槐さんとキスした。初対面の、まだほとんど喋ってもいない、血の繋がった、男の人と。
槐さんはキスしながら、俺の前をハーパン越しに触って来た。片手で握って、しごいて来たのだ。
もう片方の手は、俺の手を自分の襞に触らせたまま。
「ん、んっ!」
いきなり刺激が強すぎて、俺の方が声を出していた。
それから、槐さんの手を振りほどいて、ハーパンとボクサーを一緒に脱いだ。Tシャツすら脱がずに、そんな事になったのは初めてだった。
槐さんが手を添えてきて、上げた腰を押し付けてきた。先端が、俺の腹に当たった。
硬くなって、少し濡れて、相手も男なんだと、確かに思った気がする。けど、関係なかった。
ぐぐっと少し抵抗があっただけで、俺はあっさり飲み込まれた。
「は……あっ」
また、俺の方が声を出してた。
槐さんの中は熱くて、溶けていきそうだった。きつくて、びったり吸い付いて、締め付けて来た。
はっきり言って、その辺の女の子より、ずっと具合が良かった。
目を開くと、槐さんが見ているのと目が合った。挨拶をした時と違って、瞳に光が入っていた。陽の差す窓辺だったからかも知れない。
「ちゅうぎ、くん……?」
訂正しようという気も起こらなかった。
低い声で呼ばれるだけで、頭を殴られたような気分になった。元カノの事なんか頭になかった。
下を向くと、槐さんの襞に、ぐっさりと刺さっているのが見えた。腰を一度引いて、ぶつけた。
「ううっ」
あの人は呻き声を漏らした後、はっ、はっ、と短く息をして、すがり付いてきた。細い脚を俺の腰に絡めて、もっと、もっと、とねだるみたいに。
ベッドに両手を突いて、槐さんをぶら下げたまま腰を振ると、畳に置いた安物のベッドはギシギシ鳴った。
「私を、ひとりに……」
槐さんが何か言いかけて、喘ぐのが耳元で聞こえてた。
俺も槐さんの頬や耳、浴衣から出た首や肩に唇を押し当てて言った。
「キス、しましょう……」
一人にしないでくれと、言いそうな気がしたから。
顔を上げた槐さんと、そのままキスした。
俺の首に腕を回し、顔の角度を少しずつ変えて、唇を合わせてきた。眉毛を歪ませて目を閉じているのは、睫毛が余計に長く見えた。
「う、ん……」
漏れてくる低い声に、ますます興奮した。
舌先を入れたら、槐さんの舌も飛び出してきて、絡み付いてきた。
ためらいや恥じらい、そういうものを知らない人だと思った。
俺は槐さんをベッドに仰向けにさせて、キスしながら、ひたすら腰を打ち付けた。
途中で、槐さんがびくっと跳ねて、背中を仰け反らせた。
「あっ、あーっ、あー……」
少し大きな声を上げて、体を震わせる。
イッたのが分かった。女の子と同じイき方で、前についているモノからも、何も出なかった。
帯は解いていないのに、浴衣はほとんど脱げていた。槐さんは乱れていた。
それを見て、俺はもう1回、ぐちゃぐちゃにした後、中に出していた。
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