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第二章 デート・アンド・ディスカバリー②
「しかしよく食べるな」
繁華街の一角、特別有名という訳ではないが長く親しまれているラーメン屋の一席で、徐ろに佳嘉が声を上げる。
ラーメン屋を求めれば、佳嘉は違うことなくラーメン屋に連れてきてくれるが、佳嘉はラーメン屋で絶対にラーメンを食べない。何故ならば、湯気で眼鏡が曇るからだった。
見るからに食が細そうな佳嘉は、大盛りラーメンを美味しそうに啜る真生を正面に見据えながら、評判の餃子に箸を付ける。
見た目に反して真生が大食漢であることは、顔合わせの時点で既に佳嘉には知られており、そんな真生の腹を満たすのにラーメン屋という選択は合理的なものだった。
「その小さな身体のどこにそんなに入るんだ?」
人体の不思議とも言われたことがあるが、こればかりはもう体質であるとしか真生も返しようがなかった。
佳嘉と会わない日、普段からそこまで食べている訳でもない。
「人のお金で食べるご飯って思うと余計に美味しくて」
支払いは当然佳嘉で、一切金額を気にしなくてもいいというところが真生の食欲を更に煽った。しかし、当人の目の前で言うことではないと気付いた真生は、その失言に気付いてハッとする。
財布や食事を奢るだけの存在と思われていれば良い気はしないものだろう。それが暗黙の了解の上に成り立っているとしても。もう少し言葉を選ぶべきだったかもしれないと、真生は恐る恐る箸をどんぶりの上に置いて佳嘉に視線を向ける。
真生の不安に反して、佳嘉から向けられていたのは穏やかな表情だった。
真生は思わず息をすることを忘れてしまっていた。
「ふふっいいよ、好きなだけ食べなさい」
箸を持った腕の肘をテーブルの上に付くという多少のマナー違反も、子の成長を見守るかのような優しげな視線も、どれも初めて見る佳嘉の姿だった。
目が奪われてしまい、反らすことが出来なくなっていた。ただのラーメンが、ラーメン以上のごちそうに思えた。
顔合わせのときは終始無表情と感じていた佳嘉だったが、付き合いを重ねていくうちに感情を顔に出しにくいだけであるということが分かった。
だからこそ、佳嘉が何故自分に声を掛けたのか、真生には不思議でならなかった。
レンゲでスープを啜りながらちらりと視線を向け、餃子を酢醤油に浸す佳嘉へ問いかける。
「ねえ、佳嘉さんはなんでぼくに声かけたの?」
「え?」
目はしっかりと問いかけてきた真生へ向けている佳嘉だったが、その手元は箸で餃子を口の中へ押し込んでいた。驚くべきことは途中で噛み切ることなくすべてを口の中へ押し込んだことで、もぐもぐと口を大きく動かしながら視線を向ける佳嘉に対して、真生は口の中をやけどしないかと心配になった。
「だって佳嘉さんかっこいいし、その気になればぼくよりいい子なんていくらでもいたでしょ?」
やっぱり少し熱かったのか、佳嘉は口元を軽く手で隠しながら僅かな蒸気が口から溢れる。返事を急かすつもりのない真生は、とりあえず佳嘉が食べ終わるまで待つことにして、どんぶりを両手で持つと豪快にスープを飲み干す。
「真生くんが言う〝いい子〟の定義が私には分からないけれど」
空になったグラスをテーブルの上に置いた佳嘉は、テーブルに備えられていた水入れを手に取り空になったグラスに注ぐ。
どんぶりをテーブルに置いた真生に対しても、水入れを持ったまま合図を送ったので、真生は少し残っていた水を飲み干し、グラスを佳嘉へ差し出す。
「SNSの写真を見た時点で私は君が良いと思ったし、実際に君と話してから更にその気持は大きくなったよ」
透明な水が真生の持つグラスを満たしていくのと同じく、佳嘉から向けられた言葉が真生の中のなにかを満たしていくのを感じていた。
きっと佳嘉の気持ちはこの水のように純粋で、混じりっけなど全くないのだろう。両手でグラスを持った真生は少しその水面を見つめたあと、一気に水を喉の奥へと流し込む。
純粋すぎて、少し胸焼けがするくらいだった。
「佳嘉さんって、タラシだよねぇ」
真生ほど豪快ではないものの、グラスを傾け水を飲んでいた佳嘉は真生から告げられた言葉に目を丸くする。
「タッ……? 失礼なっ、こんなこと君以外に言うわけないじゃないか!」
少しだけ声を荒げた佳嘉の様子に、真生は納得がいかないものを感じる。
「……ぼくだけ? 佳嘉さんぼく以外に会ってる子いないの?」
「いる訳ないだろ」
佳嘉はそれだけ言うとふいっと顔を反らす。水入れの中で溶けかけた氷がカランと音を響かせた。
「ふうん……」
何百何千とSNSの中に人はいるのに、その中でたった一人の自分を見付けて――佳嘉に見付けられて――こういった関係にまで至れる可能性はおそらく交通事故に遭うよりも低い。
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