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第二章 デート・アンド・ディスカバリー③
この世の中でたった一人佳嘉から選ばれたことは誇らしくもあったが、同時に物悲しくもあった。
食べ終わったどんぶりを下げてもらった佳嘉は、餃子を更に一皿注文する。それは出来立てを真生に食べさせるためだった。
こういったスマートな気遣い、毎回二万円のお手当て、意外な一面を見ることができてさらに縮まった距離。
それでも真生は佳嘉のことをまだほとんど知らなかった。
どこかの企業の管理職であるということは、三回目のデートで聞いた。それ故にイレギュラーな残業も少なく、平日ならば当日でも約束を取り付けることが出来る。
管理職という職業柄、相応の給料と貯蓄はあるらしく、毎回二万円という太っ腹なお手当てにも納得ができた。
ただ、それ以外のことは知らない。
勤め先の開示をする必要はないが、どの辺りに住んでいるのか、奢る以外で佳嘉自身が好きな食べ物はなにか、予定のない休日はなにをして過ごしているのか。――恋人は、いるのか。
左手薬指に指輪も、その痕跡もないことから独身であることは間違いなさそうだったが、恋人がいないという可能性も捨てきれない。そう考えれば真生との大人をかわした理由にも合点がつく。誠実な人であるから、そういった裏切り行為はできないのだろう。
しかし恋人がいると仮定するならば、佳嘉から「この日は会えない」という提示があってもおかしくないものだが、今のところそのようなことを言われたことはない。
「佳嘉さんっていつもスーツだよね?」
箸の先で器用に餃子を割る佳嘉を見て、やっぱり一口で食べたときに熱かったのだなと真生は考える。
「スーツは会社員の制服みたいなものだからね」
佳嘉は餃子の半分を丹念に見つめ、蒸気が出ていないことを確認してからゆっくりと口に運ぶ。そうしている間に新しく注文した餃子の皿がテーブルに運ばれてくる。
「確かに! ぼくもあれだから学生って見てもらえてる部分あるからね」
繁華街で夜に食事をするには、学生服で来たほうが分が悪い。下手を打てば補導員に声をかけられる可能性も出てくる。
「小学生に間違えられたり?」
佳嘉は再びグラスに口を付ける。やっぱりまだ少し熱かったのかもしれないと感じながら、真生は改めて胸の前で掌を合わせる。
「そうそう、背の順で並ぶといつも腰に手を当てるやつだったしね」
用心深く皿の上で餃子を割ると、中かは蒸気と共にじゅわりと肉汁が滲み出す。餃子でこれなのだから、きっと小籠包を食べさせたらもっと面白いことになるだろうなと真生はぼんやりと考える。
あいにく庶民的なこのラーメン屋に小籠包という洒落たものは用意されておらず、真生は半分にした餃子を口に運びながら、過去の記憶を頼りに小籠包が美味しい中華料理店を思い出そうとしていた。
「今度、私服の佳嘉さんと会いたいな」
今日のように夜の食事として、中華料理屋で小籠包を食べるという選択肢もあったが、せっかくなので休日デートという形にすれば、私服という普段見ることのできない佳嘉のプライベートな一面も合法的に見ることができるかもしれない。
「私服、ねえ……」
きっと高身長の佳嘉ならばどんな私服でも格好良く着こなすことが出来るのだろう。三十代半ばという年齢から考えれば、少し落ち着いた感じのシックな装いがきっと似合うだろうと真生は頭の中で想像していた。
ただ私服が見たいだけという理由や、熱々の小籠包を食べさせてみたいというだけの理由であっても、おそらく佳嘉は応じてくれるだろうが、真生はもう少しそれらしい理由を作り出したかった。
平日夜の食事では時間がある程度限られてしまうが、休日ともなれば共に過ごせる時間は格段に増える。問題はどんな理由で佳嘉を呼び出すかだったが、そんな真生がふと視線を向けるとその先には客向けに備え付けられたテレビがあった。
なにかのバラエティ番組が流れていたのだろうが、今はコマーシャルが流されており、特に物珍しくもない家電や飲料の宣伝がされる中、真生の頭の中にこれだと思える妙案が浮かぶ。
「映画とかさ、観たくない?」
真生の言葉を受けて佳嘉は視線を向ける。
「映画か……最近あまり映画館で観ていないな」
それは真生も同じで、今はわざわざ映画館まで足を運ばなくともサブスクリプションなどで手軽に自宅で映画を楽しむことが出来る。だからこその映画という選択で、これならば合法的に休日佳嘉を呼び出すことが出来ると真生は強い確信を持っていた。
「○○って映画知ってる?」
「それって昔やってた□□が主演の?」
「そうそう! それのリメイク版が今やってるんだよ。しかも主役は□□の息子の△△!」
それは真生自身が時間のあるときに観に行こうと目を付けていた映画だった。ジャンルとしてはSFアクションにあたり、過去作が大反響だったことから満を持してリメイク版は制作された。
佳嘉は少し考え込むように、口元に折った指をあてる。
「へえ、それはどんな風になっているか興味あるな」
「でっしょー!? ぼくも公開中に一回観てみたいと思っててさ!}
決して女性向けとはいえない作品ではあったが、男の少年心を擽るものがあり、まして過去作を観たことのある佳嘉ならば、リメイク版にも興味を持ってくれるはずだという期待があった。
佳嘉はスーツの胸ポケットからスマートフォンを取り出し、ぎこちない手付きで何かを入力する。そして佳嘉が見せてきたのは、その映画を上映している映画館の一覧と上映期間だった。
「じゃあ次の休みにでも一緒に観に行こうか」
「行く行くっ!」
佳嘉の口から出た〝休み〟という言葉に、真生はこれ以上にないほど浮足立つ気持ちだった。
これまでとは違う休日の佳嘉を見ることが出来る。普段とは異なるシチュエーションであることから、プライベートに関した話題にも少しは踏み込みやすくなるかもしれない。
そんな期待が真生にはあった。
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