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Prologue オムファタル②

【二十一時七分】  天井の蛍光灯がじりじりと明滅する。  厨房から漏れる油の弾ける音。ホールで交錯する店員の声と客の笑い。  食器がぶつかる忙しない音、グラスの重なりが奏でる軽快な響き。  狭い通路を擦れ違うたび、制服のポロシャツがざらりと擦れる感触。  バックヤードにこもるのは、油と酒と汗のにおい。濡れた雑巾のにおい。  濾過機のそばでは、生ビールの泡が乾いて黄ばみ、排水口からは酸化した酒のにおいが立ちのぼる。  床には空の瓶が転がっていた。  店長は壁にもたれ、腕を組んでいた。  フライヤーから立ちのぼる熱気に、額を湿らせる。  正義に向けられた、小さな首振り。  言葉は短い。  しかし、声はよく通る。厨房のざわめきの中でも、はっきりと響いた。 「……菅野、おまえ明日から来なくていいよ」  空気が切れるような静けさ。ほんの一刹那。  正義は動かない。なにも言わない。  店長は背後のホールを振り返ると、それきりなにも言わず、厨房へ戻っていった。  大学を卒業してからの七年間、定職に就くこともなく続けていたアルバイトの日々。  時給が良いわけでは無かったが、正義はこのバイト先を気に入っていた。  そんな正義に突きつけられた、無慈悲な宣告。    正義は怒りのままに更衣室のドアを押し開ける。  蛍光灯の白い光が、無機質な壁と床を照らす。わずかに湿気を帯びた空気。  ロッカーは壁沿いに三段。使用中のものには、マグネットで留められた名前札。  金属の扉はところどころ凹み、灰色の塗装が剥げて、下地の金属が鈍く光る。  制服の前掛けを外し、ロッカーの取っ手を乱暴に開ける。  丸めた布を放り込む。ガシャンという金属音。前掛けが跳ね、鍵のぶつかる音が響く。  誰よりもシフトを入れて貢献してきた。  それでも時給が上がることもなければ、バイトリーダーにもなれなかった。  拳を引き、ロッカーの扉を殴る。  鈍い衝突音。凹む鉄板、ひび割れる塗装。  轟音が更衣室に反響する。  正義はロッカーを乱暴に閉じ、床に置かれた黒いショルダーバッグを拾い上げる。  わずかに軋むベルト。鈍く光る金具。  ロッカーの中からスマートフォンを取り出し、画面をタップし、通話アイコンを押す。  背後には店長手書きの【携帯電話使用禁止】と書かれた貼り紙。  数回の呼び出し音。しかし、応答はない。  スマートフォンを握ったまま、静けさに沈む更衣室。  その中で、正義はただ立ち尽くしていた。

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