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第9話
人の一生に、奇跡が起こる回数は決まっているのだろうか。
もし、三回だけだと言われたら、斗楽の奇跡はもう底をついてしまったことになる。
忘年会の日、スマホを落とした日、それと──
「まさか雪村さんの希望が浅見さんだなんて……」
いつもの朝の番組でお天気お姉さんが笑顔とともに、今日の予報を伝えてくれる。
今日は晴れか……と、ぼんやり見ていたら、テーブルの上がパンくずでとんでもないことになっていた。
散らかったテーブルを見て、「鳩でも呼ぼうか」と、心ここに在らずで適当な言葉をこぼす。
おまけに歯を磨こうとしたら、チューブの方を口に入れようとした。
かなり重症だ。
「大丈夫。赤坂さんに言われたとおり、いつものようにこなせばいい」
鏡に映る自分を見据えると、両手で頬を勢いよく挟んで気合を入れた。
タレントの交渉からその先の段取りまで、担当になったのは斗楽だ。
無事に遂行できるかどうかは、斗楽の手にかかっていると言っても過言じゃない。
これからのことを考えると緊張して眠れなかったけれど、結果的に早起きができた。
何をするにも余裕を持って行動しないと、忘年会のように失敗する羽目になる。
しっかりしないと、でき過ぎる弟との差が縮まるどころか広がる一方になるのも然り。
同じ日に生まれた双子の弟、玲央は兄から見ても完璧な男だ。
二卵性双生児で顔も骨格も似てないし、パーツの大きさもかなりの格差がある。
弟のモテる例を挙げるとキリがないけれど、強いて言うならバレンタインチョコの数だ。
斗楽の数は大学生まで通算しても片手で足りる。けれど玲央は──
ああ、もうどうでもいっか。
玲央のモテ伝説は、小学校の教師となった今も現在進行形なんだし。
それでもたったひとりの弟は可愛い。
玲央が極度のブラコンで、斗楽を慕ってくれているのも理由の一つだけれど。
実家に帰ると、ドアを開けた瞬間「兄ちゃーん!」と飛び出してくる。
教師の顔はどこ行った、と思いながらも、やっぱり可愛い。
あとは電話だ。
週に一回は斗楽のスマホは賑やかになる。
大人になった兄弟のやり取りとは思えないけれど、離れて暮らす弟との大切な時間だった。
先週は電話がなかったから、今日あたりかかってくるだろうと踏んでいたら案の定、スマホが軽快に鳴った。
『兄ちゃん、っはよ。今日の体調はどうだ?』
開口一番、身体を気遣ってくれる言葉は元気の源だ。
独り暮らしには身に染みる家族愛を、玲央は毎週欠かさず与えてくれる。
「おはよ、全然元気だよ。玲央は? もうすぐ学校は冬休みだろ?」
『そうなんだよ。でもさ、教師は休めるわけじゃないからね。毎日学校行くのは変わんないよ』
「だよな、生徒と同じように休めたら、日本の教師不足は回避されてるよな」
『本当だよ。世間が教師はブラックって囁くのも無理な──あ、そうだ。兄ちゃん、今、大事な仕事の担当なんだろ? 頑張れよ』
話が二点三点するのは小さなころからの玲央の癖だ。
しいて言うなら、これが我が弟の短所かもしれない。
何とも可愛らしい欠点だ。
「そうなんだよ。ずっと緊張しっぱなしだ」
『大丈だよ、兄ちゃんなら。可愛い顔でニコニコしてりゃ誰も文句言わないって』
「いや、いや。顔は関係ないし」
お前のがよっぽど顔で仕事が取れるんだぞと言いたかったけれど、ひがんでいると思われたくないから言うのはやめておく。
テレビに目を向けると、今日の占いコーナーが始まっていた。
『そして、今日のラッキー星座ランキング、第1位は──いて座のあなた!』
画面の中で満面の笑顔を浮かべるお天気お姉さんが続ける。
『ひらめきと行動力が功を奏し、嬉しいご縁に繋がるかも! いつもより一歩踏み出す勇気を持ってみて!』
その言葉に、思わず笑みがこぼれた。
「やった……」
『なに? 何がやった、なんだよ」
小さな呟きを玲央は聞き逃さない。
「なんでもないよ。それより玲央、時間切れだ。用意して出ないと。お前もだろ?」
『えー、もうそんな時間かぁ。やっぱ夕べ電話しときゃよかった。兄ちゃんと話し足りない』
ブラコンもここまでくれば清々しい。
実の弟にここまで慕われるのは、兄冥利に尽きる。
名残惜しそうにする弟を電話越しに送り出すと、玲央の声で気持ちが和らいだのか、気負っていた心はいい感じの緊張感に変わった。
「よし、行くか!」
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