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第14話

 夢のような日から数日が経ち、通常運行の現実の中で、斗楽は忙殺した毎日を迎えてた。  素人でも一日二十四時間じゃ足りないのに、芸能人だとその倍は必要なんじゃないかと思もう。  それぐらい、歌を再開した浅見薫の忙しさは、メディア越しにでも伝わってきた。  昼休みを一人で過ごしていた斗楽は、会社近くのオープンカフェで昼食を終えると、悶々とした感情を燻らせていた。  初春を迎える温かな日差しを浴びながら、スマホを触っては意味なくスクロールを繰り返している。  浅見とホテルで過ごしてから、何も連絡がないまま二週間が経った。  自分から連絡してみようかと思ったけれど、ドラマの撮影と、新曲の作成に追われていると、芸能リポーターから知って気分は卑屈になる。  ──俺と、付き合ってみないか?……。  確かに浅見さんはそう言ってくれた。  日本を代表する俳優でアーティストの浅見薫が俺と?   一般人で男なのにこんな話を、誰が信じられる?  口にすれば、頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。  走行音に負けないくらい、斗楽は大きなため息とともにテーブルに突っ伏した。 「でかいため息だな、去来川」  名前を呼ばれて慌てて体を起こすと、目の前にはイケメン上司が立っていた。 「日下部さん、お疲れさまです」  珈琲を手に日下部が「ここいいか?」と、向かいの席を指差している。  もちろんですと答えながら、そそくさとスマホをポケットに入れた。 「こんな雑踏の中でも去来川のため息は丸聞こえだったぞ、槇がいなくて寂しいのか。それとも何か悩んでるのか?」  整った顔が斗楽を覗き込んでくる。いい男すぎて眩しい。 「いえ、何でもないんです」 「恋人のこと、とか?」  鋭い問いかけに、斗楽はわかりやすすぎるほど顔を真っ赤にしてしまった。 「去来川は素直だな、すぐ顔に出る」  照れ隠しに肩を竦めながら「降参しました」と、曲げた両手を顔の横で上げて見せた。 「……うまくいってないのか?」 「いえ、そんなんじゃないんです。ただ、付き合い始めたばっかで、連絡のタイミングも掴めないし。顔が見たくても言えなくて、とても忙しい人だから……」  言いながら反省した。  これは愚痴になる。いくら優しいからといって、上司に話すことじゃない。  睫毛を伏せていると、髪に触れられた感触で斗楽は顔を上げた。 「日下部さん……?」 「去来川は素直で一生懸命なところがいいんだ。正直に会いたいって相手に伝えてもいいと思うけどね」  子どもを宥めるよう、日下部が繰り返し斗楽の頭を撫でてくれる。 「ありがとう……ございます。俺、子どもみたいですね。恥ずかしいな」  歩行者が行き交うオープンカフェで、おまけに直ぐ横には国道がある。  人目もあるし交通量も多い。いい大人の男が頭を撫でられ、慰められている状況は傍目にも恥ずかしい。  ふと、何かに見られているような気がして、斗楽は周囲を見渡した。けれど、すれ違う人も、車の中も、誰も特にこちらを見ているようには見えなかった。  道路を見ると、信号待ちしている車から丸見えだと気付いて恥ずかしくなる。  もう平気ですと言う代わりに顔を上げて、照れ隠しに笑って見せた。 「落ちそうになる前に誰かに相談しろ。槇や、俺にだって……いいんだからな」  優しい言葉と手の温もりに癒されたうえ、業務外で上司に気を使わせてしまった。 「ありがとうございます」そう言って、平伏すように頭を下げてからもう一度微笑んだ。 「去来川はそうやって笑ってる方がらしいな。俺も他の連中も、お前の笑顔で癒しをもらってるんだからさ」  優しい眼差しで日下部が微笑んでいた。  いつも見守ってくれる、あなたの笑顔こそ癒しですよと、斗楽は心の中で感謝を綴った。

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