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第17話
頭も顔もいいのに──いや、この件に顔は関係ない。
けど、玲央はどうして電話の一本、メールのひとつを送ってから部屋を訪ねてこないのか。
兄としては頼りないけれど、この時ばかりは説教紛いのことを言ってしまう。
「だから、お前は何でいつも急に来るんだよ。俺が残業だったら、玄関の前で待ちぼうけする羽目になるんだぞ。それに、ドアの前にいると近所の人から不審者扱いされるだろ」
斗楽はスーツを脱ぎながら、ソファで呑気にくつろいでいる弟に言った。
「だって、いきなり俺が来たときの兄ちゃんを見るのが好きなんだよ。んでさ、ピンポン鳴らしてドアを開けてもらうのが、またいいんだよな。それに怒られるのもたまんない。兄ちゃんは怒ってても可愛いからさ」
戸棚にあったポテチを勝手に開け、持参したビールと一緒に頬張っている。
プハーなんて言って、美味そうに飲む姿を呆れて見ていると、「兄ちゃんも飲む?」と、缶ビールを差し出してきた。
玲央のこの性格は今さら変えられない。
諦めのため息と共にスーツを片付けると、スウェットに着替えた。
「あれ、兄ちゃん。それってミサンガ──じゃないや、アンクレットってやつだろ? おしゃれなの着けてるなんて珍しいな」
剥き出しになった足首を玲央に指摘された。
慌てて隠そうとしたけれど、これが失敗だった。
焦った仕草は玲央の好奇心を煽ってしまい、斗楽の足元をジッと見てくる。
「な、何だよ。俺がアクセサリー着けてるのが珍しいのか? お、俺だってたまにはおしゃれくらい──」
「これ、バラドルのやつじゃん! 最近流行ってるブランドだよ。めちゃくちゃ高いんだぞ、あそこのアクセ」
必死の言い訳も言下に遮られた。
たじろいでいると、下から掬いあげるように玲央が見てくる。
「た、たまにはさ、流行りのアクセくらい着けたくなるんだよ。それにこれならスーツでも見えないし……」
玲央が半目状態でこっちを見てくるから、言いたいことが尻窄みになってしまう。
それになぜか拗ねたように、弟が口を尖らせている。
「はぁ、とうとう俺の大好きな兄ちゃんを取られる日がきたのか……」
玲央が両膝を折って蹲る。
頭を項垂れさせ、大袈裟なくらい落胆していた。
「玲央。お前、絶対わざと凹んだふりしてるだろ」
斗楽がツッコミを入れると、「バレたか」とニヤけている。
「全く、お前はいくつまで兄ちゃんっ子なんだよ。だから彼女ができない──」
「彼女はいる。いるけど兄ちゃんは別だ。俺の大切な家族だし、この世に一人しかいない、大事な兄弟だ。その大事な兄ちゃんに、悪い虫が付かないか心配なんだ。だから、俺がこうやってフェイントで来るんだよ」
我が弟の発言に唖然とした。
合鍵を受け取らないのも、連絡なしで来るのもそういう理由だったのか。
「彼女いるなら俺じゃなく、そっちにいけよ。って言うか、お前、いつの間に彼女できたんだ? どんな子? 職場で知り合ったのか? 母さんには会わせたのか──」
思いつく言葉を口にしていると、ニヤニヤした顔で玲央が見てくる。
「何だよ、兄ちゃんも俺と同じじゃん。俺のこと心配してるんだろ」
図星を突かれてバツが悪くなった。
そっぽを向くと、「その仕草も可愛いなぁ」と、揶揄われる。
玲央の言うとおり、ブラコンの自覚はある。
けれど斗楽の場合は、世間のイメージとはちょっと違っていた。
二卵性双生児だったせいか、顔も体格もあまりに似ていない。
男前の弟と、女に間違えられる兄。
自分と弟の格差に気づいたとき、斗楽は両親にかまって欲しくてあらゆる手段をとった。
わざと拗ねたり、わがままを言ったり。
けれど、運動や勉強は逆立ちしても玲央には敵わず、ますます卑屈な態度しか取れなくなってしまった。
そんな時、父が浅見薫のライブに連れて行ってくれたのだ。
浅見がマイクを片手に熱唱している姿に雷に打たれたような衝撃を受け、心を揺さぶるスピリットを感じた。
ちっぽけなことで悩んでいた今までは何だったのか。
浅見から放たれる歌声は、これまで気付かなかった使命のようなものを斗楽に植え付けた。
──俺の弟はかっこよくて、凄いんだぞ!
そんな風に気持ちが切り替わると、これまでの考えは一変し、弟を自慢する兄に進化した。
弟の秀でた部分を素直に認めたと同時に、敵わないのなら自分のできることをしようと思えた。
行き着いた先にあった答えは、周りの人を明るく楽しい気持ちにすること。
能力や腕力がなくてもできる、みんなを笑顔にすることだ。
それと……たった一人の弟を大切にすることだ。
父を失ってからは、ここの部分は斗楽の中で色濃くなった。
玲央が自分をここまで溺愛してくれるのか不明だけれど、幼いころに八つ当たりしていた分も可愛がり、気にかけようと斗楽は心に決めた。
内緒の決意は今でも揺るがないけれど、今回のニヤニヤは別だ。可愛くない。
けど、晩酌は付き合ってやるか……。
斗楽は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、コツンと玲央の缶に当てた。
自慢の弟は心底から嬉しそうにしてくれるから、たまに不安になる。
兄がゲイで、しかも浅見薫と付き合っているなんて知ったら、弟はどんな反応をするのか。
絶対にバレてはいけない。
そう思っていたのに、自らヒントを曝け出すとは……。
またアンクレットのことに触れられる前に、今夜は酔い潰れてもらおう。
「玲央、明日は休みだろ? 泊まってけよ。で、冷蔵庫のビールを飲み干そう」
斗楽の提案に満面の笑みで答えてくれる。
今度は素直に可愛いやつだと思った。
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