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第23話
翌朝起きて早々、ベテラン看護師のように額に手を当てながら玲央が体温を測ってくる。
ホッとした顔を見ると、心配させたことが胸を打つ。
「よかった、熱が下がってる」
さっきからそう言っているのに、玲央は過剰に心配してくる。
大袈裟なため息を吐きながら、手作りお粥を食べるように言われた。
「食ったら、この薬も飲めよ」
過剰な心配は、体調のことだけじゃなく、突飛な恋愛話しを聞かせてしまったからかもしれない。
浅見が来たことで動揺し、泣いてばかりいたから弟がかまってくれるんだと思う。
浅見との関係を玲央に告白したあと、案の定、玲央は怒り狂っていた。
もう二度と会うなと言われた。
心配しなくても、そんな日はこないよと笑って見せた。
自分の代わりに怒ってくれた兄思いの弟に救われ、飲み込んだ錘 が一グラム減った気がする。
熱も下がったしもう平気だと言ったけれど、日曜日なのを理由に帰らずにそばにいてくれる。
ありがたいけれど、休みの日は彼女孝行しないと捨てられないか、兄として心配になる。
キッチンで昼食を作ってくれる玲央を一瞥したあと、斗楽はテーブルに放置したままのメモに目を向けた。
昨夜無理やり玲央に読まされた内容は、携帯番号と一言だけの伝言。
斗楽は髪をくしゃっと掻き乱すと、クッションを抱えてそこに突っ伏した。
今さら何で電話番号?
連絡先は知っているのに、改めて伝えてくるなんて。
なんの意味があるんですか、浅見さん……。
話があればメッセージを送ってくれればいい、バリからのメールのように。
それなのに、いまさら話がしたいって……。
別れ話なんて、もう、聞きたくない。
あの一言で、充分だ……。
つい声にしそうになったけれど、また玲央を心配させるからグッと飲み込んだ。
玲央お手製の鍋焼きうどんを堪能したあと、湯呑みを啜っていると、インターホンが鳴った。
斗楽がピクッと反応するのを見逃さなかった玲央が、「俺が出る」と言って機敏に腰を上げる。
「いや。俺が──」
「兄ちゃんは体調が悪いんだから、ゆっくりしてろ」
ピシャリと玲央に止められた。
また浅見がきたのではと、嬉しさと悲しさがない混ぜになる。
自然と目がメモを見ていた。
──連絡できずにごめん。顔を見て話したい──
書かれていた言葉を横目に、かぶりを振った。
顔を見て話しなんてすれば、不様な自分を晒して益々嫌われるのがオチだ。
モヤモヤしていると、玄関に行ったきり玲央が戻ってこない。
もしや、浅見さんがきて揉めてる?……。
斗楽はパジャマの上にパーカーを羽織ると、廊下へ出るドアを開けた。
玲央の肩越しに見えた人物に、足が止まる。
「日下部さんっ」
「よお、体調はどうだ?」
顔を覗かせた日下部が、小さな紙の箱を掲げていた。
滅多に見ることのない上司の私服姿は、スーツと違って実年齢より若く見えた。
それに比べて自分の格好は酷い。
「こんな格好ですいません」
パーカーのファスナーを上げながら言って、ほんの少しだけ胸が重くなる。
それに気づいた自分が──少し嫌だった。
「兄ちゃん、会社の上司さんがお見舞いって。あの、日曜なのにわざわざすいません。兄がご迷惑をおかけしました」
斗楽より先に玲央が頭を下げるから、慌てて同じように頭を下げた。
「去来川のことだから、きっと飯も食ってないんだろうと思ったんだけど、弟さんがいてくれたなら安心だな。しかし、イケメンの弟さんだね」
日下部から褒められ、いやーそうでもないですと、玲央が照れくさそうに謙遜している。
「すいません、ご心配かけて……。わざわざお休みの日に申し訳ありません」
日下部に頭を下げたところで、固定電話が鳴った。
「きっと母さんだ」そう言って、玲央がリビングへと走って行く。
「すいません、騒々しくて。あの、もう大丈夫ですから、明日には出勤しますので」
改めて感謝のお礼を言い、下げた頭を起こした途端、目眩に襲われた。
よろめきそうになった体を、日下部が反射的に抱き止めてくれる。
「大丈夫か……。まだ、本調子じゃなさそうだな」
日下部の腕に抱き締められ、「す、すいません」と、急いで離れようとした。
それなのに、日下部の手はなぜか引き止めるよう力がこもっている。
「日下部さん?」
顔を上げると、日下部の手が額に触れた。
「うん……熱は、ないな。よかった、安心したよ。最近のお前は元気がなかったからな。けど無理はすんなよ。去来川に倒れられたら俺が困るんだからな」
百点満点の笑顔を見ると、気を遣わせてしまったと、申し訳なく思う。
「じゃ、明日までゆっくり休め。これ弟さんとよかったら食ってくれ」
ケーキ屋の箱を手渡した日下部が、玄関を出ようとする。
斗楽は去って行く背中へ、「ありがとうございましたっ」と、力の限り声を張った。
もう、平気です──の気持ちを込めて。
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