9 / 141

魔の手

 討伐後のホテルにて。  カイラは紙切れを穴が空くのではないかと思うほど注視していた。  ヴェルトの様子がおかしかった理由に納得し、後悔で頭が満たされてゆく。  ドアが何度かノックされる。  ……もうそろそろ来る頃だと思っていた。 「カイラ君、今大丈夫かな?」  カイラはドアを開けた。  そこには誰をも安心させるような笑みを浮かべているヴェルトがいた。  ……だが、彼の事情を知った今、それはただ貼り付けただけの笑みにしか見えない。 「ヴェルトさん……」 「そろそろ手伝いが必要だと思ってね」  再び「ヴェルトさん」と彼の名を読んだ後、カイラは意を決して彼の顔を見上げた。  ヴェルトはカイラの宝石のような瞳に吸い込まれそうになり、思わず半歩引いた。 「手伝いが必要なのはヴェルトさんの方では?」 「へっ?」  頓狂な声を上げたヴェルトの手を引き部屋へ招き入れると、カイラは扉に鍵をかけた。 「助けが必要なのは僕の方……って、どういう事?」  腕を組み、ヴェルトはカイラの背に尋ねる。 「今日の討伐の後、ヴェルトさんがこの紙切れを落としたのを見たんです」  とカイラは(くだん)のメモをヴェルトに見せた。 「このメモの紋章……これ、夢魔のものですよね」 「……知ってたんだ」  ヴェルトはカイラと目を合わせようとせず、淡々と返事をする。 「僕も呪われた時にこのようなメモを渡されましたから。忘れるはずがありません」  そのメモには、やけに丁寧な文字でつらつらと文字が書かれている。  これは恐らくミキの筆跡なのだろう。  内容をかい摘むと、このような事が書かれていた。  一時的に夢魔の呪いのうち『自慰封印の呪い』をかけた。  これを解くにはカイラに協力してもらうしかない。 「あの……なんだっけ? マキ? メキ? ……いや、あんな奴の名前なんてどうでも良いか」 「いつから掛けられてたんです?」  うーんと唸った後、ヴェルトは小さな声で、 「君の呪いの事を知った次の日から」 「10日以上前の話じゃないですか!」  珍しく声を荒げるカイラに驚き、ヴェルトは目を見開いた。 「すぐ僕に相談くらいしてくださいよ! 前にヴェルトさん言ってましたよね、『迷惑だとか、そんな風に思わないからさ』って!」 「あの、カイラ君?」 「僕も同じです! 迷惑だとか思いませんから……だから、僕の事も頼ってくださいよ!」 「…………」  しばらく黙って考え込んだ後、「わかった」と呟いた。 「そのメモの通り、僕は本当に呪いをかけられている。……あの悪魔、どうやら今の状況が面白くないみたいでね。どうしても僕と君をくっつけたいらしい」  「恥ずかしい話だけれど」とヴェルトは続ける。 「自分でしてみてもダメだったし、娼婦を買ってもダメだった……メモの通り、君に協力してもらうしかないらしい」  それにと更に続ける。 「君に頼まなかったのは、決して迷惑だとか思ってた訳じゃない。ただ君みたいな純粋そうな子を汚すのが嫌なだけ……それだけの理由さ」  ヴェルトはカイラをお姫様のように軽々と抱き上げた。 「わっ」  突然持ち上げられた事に驚きヴェルトの首に手を回す。 (ヴェルトさんの体が熱い……)  自分が禁欲を強いられていた時と同じだ。 「でも、もうバレてしまったし……君も引く気はないだろう?」  先程までの、父親や兄を思い出させるような優しい声ではなかった。  ギリギリのところで理性を保っているような……熱を帯びた声。  やがてカイラはベッドの上に下ろされた。 (メモなんて部屋に置いておけば良いのにずっと持ち歩いていたのは……もしかしたら、こうなる事を望んでいたからかもしれない)  つくづく卑怯な男だ。とヴェルトは心の中で自身を軽蔑した。  きょとんとした表現を浮かべているカイラの上に、ヴェルトは覆い被さる。  ヴェルトは纏めていた髪を解き、獲物を見下ろす。  カイラはヴェルトを見上げながら生唾を飲み込んだ。 「ごめんね、カイラ君……悪い事をするよ」  

ともだちにシェアしよう!