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秀麗なる演奏家

 冒険者もギルドの従業員も、皆がステージ上で奏でられるダーティの演奏に酔いしれている。  ピアノを前にして、旅をする彼が故郷を想い作曲したのだという物悲しい曲を、譜面すら見ずに演奏しながら歌い続ける。  皆が聴き入っている中、ヴェルトとカイラの2人だけは別の事を気にしていた。  ミキではないにしろ、遂に夢魔に会える。  ダーティに会う事に関してはカイラも快諾し、2人でギルドを訪れたのだった。  やがて演奏が静かに終わり、ギルドの皆が演奏家ダーティに拍手を送り始める。  ダーティは隙の無い流麗な礼をした後、ステージから立ち去った。    ***  ここはギルド内にある、ステージに登る演者達の為の控え室だ。  演奏を終えたダーティは淹れてもらった紅茶を飲んでゆったりとくつろいでいる。  ノックの音に立ち上がり、ダーティは来客を迎え入れた。 「やぁ、ヴェルト」  とダーティが手を差し伸べてきたので、ヴェルトは仕方なく彼と握手を交わす。  ヴェルトの目の前に現れたのは、整えられたくすみの無い金髪とサファイアの瞳が美しい耽美的な青年。 「信じられないよ。君が本当にエディなのかい」 「あぁ、そうだよ」 「……ちなみに昨日の彼とはどうなったの」 「下半身を見せたら尻尾を巻いて逃げてしまったよ」 「可哀想に」 「そうだろう? せっかくホテルまで誘って……これから滅茶苦茶にしてやろうと思った矢先だったのに」 「別に君は可哀想じゃないよ」  ヴェルトとカイラを控え室に招いたダーティは、そっと扉を閉めた。  ヴェルトとダーティの会話の意味が分からずきょとんとしていたカイラに、ダーティの目が向けられる。 「君がヴェルトの心に決めた人か」  心に決めた人という言葉にやや頬を染めながら、カイラはペコリと頭を下げた。 「はい、カイラと言います。……さっきの演奏素敵でした」 「そう言ってもらえて嬉しいよ。ギルドの方々の中には敬虔(けいけん)なプリーストもいるだろう? 普遍的な選曲は正解だった」  意味の分からない事を言いながら、ダーティは誰もが虜になりそうな笑みを浮かべる。……そんなもの、この2人には効かないのだが。 「それで、夢魔って言うのは?」  それを聞いたダーティは吹き出した。 「おいおい、まさかここでヤる気か?」  昨日の話では夢魔をどうするかという話題は一切出ていなかった。  しかし、夢魔に用があるという事はもちろん自らの欲望を叶えてもらう為だとダーティは決めつけていた為、会話が狂い始める。 「いや、そもそも僕は____」  夢魔からミキの情報を得る為にわざわざここまで来たヴェルトの言葉を、ダーティが遮った。 「流石にここではマズイのでね。私達が泊まっているホテルに行こうか。……あぁ、でもヴェルト。君の好みが分かったからなぁ」  ちらとカイラの顔を見てから話し続ける。 「ラブを抱けるかどうか不安だな」  ラブという名前を聞いたカイラは小型犬を妄想する。……私たちの世界でいうチワワやトイプードルのような。 (ヴェルトさん動物嫌いなのかな)  子犬ですら抱っこできないのなら、相当な動物嫌いなのだろうとカイラは推測する。 「無理なら私を抱くと良い」 (何言ってんだこいつ)  とヴェルトは心の中で一蹴する。 「君になら抱かれても良い」 (本当に何言ってんだこいつ) 「もしその時は……カイラ少年に君が私を抱く所を見てもらおう」 「えっ……え?」  小動物の話から唐突にヴェルトが演奏家の男と同衾(どうきん)するという話になったと思ったカイラは、素っ頓狂な声を出した。 「ん? 意味が分からないか? もっと分かりやすく言ってやろうか。『ヴェルトがラブとセックスできないなら、私とシようか? そしてそれをカイラ少年に見てて欲しい』と言っているんだ」 「純粋なカイラ君にそんな事言わないでくれるかい」  とヴェルトはいつでもカイラを庇えるように一歩前に出た。 (小動物と……えっ?)  完全にラブの事を小動物の類だと勘違いしているカイラは、 「ヴェルトさん最低です」  と吐き捨てた。 「待ってカイラ君、なんで僕が責められなきゃいけないの」  ヴェルトは混乱し不可解そうな眼差しでカイラを見下ろす。 「アイツの言葉をマトモに受け取っちゃダメ。そもそも僕は____」 「そもそも。君は夢魔……インキュバスと会えるからという理由で来たのだから。相当偏った趣味を持ってると見た」  とダーティが指差したのを見て、 「本当ですよ……」  カイラも同調した。 「待ってよカイラ君、なんで君にまで言われなきゃいけないの」  ヴェルトの頭が更に混乱してくる。 「例えばそうだな……貞操帯、とかどうかな?」  当たらずも遠からずな返答に、遂にヴェルトはこのままカイラをダーティ(変質者)に会わせていると悪影響だと判断する。 「……カイラ君」 「なんです」 「申し訳ないけど出ていってもらって良い?」 「……分かりました」  2人の会話にすっかり疲れてしまったカイラは、控え室から出て酒場の一席に座り込んだ。  それからしばらくボーッと机の木目の数を数えていると。 「……あの」  声をかけられたカイラは、痴呆的な表情のまま顔を上げる。  そこにいたのは、黒い仮面で顔全体を覆い、真っ黒な服で全身を包んでいる怪しげな男。  だが、彼の癖のあるグレイの頭髪と声には聞き覚えがある。 「カイラさん……です、よね?」 「もしかして____」  男は慌ててカイラの言葉を静止した。 「カイラさん、わっ、(わたくし)がここに居ると知られると、そのあの、こっ混乱を招くので」  男は深呼吸し、腰を曲げてカイラだけに聞こえるように囁き始める。 「お久しぶりです。ハルキオンです」  死刑執行人兼拷問官ハルキオン・ブラッドムーン。  ぺぺというハルキオンの親友がきっかけで、この2人には人には言えぬ縁があるのだ。 「今、お時間ありますか? その……カイラさんに頼みたい事がありまして。ずっと。探してたんです。できれば場所を変えて、お話したいのですが」  脳裏にヴェルトの顔が浮かぶが、 (もういいや、あんなヴェルトさん(変態))  と杖で彼を張り倒した。 「えぇ、大丈夫ですよ」 「あぁ良かった……近くに私でも入れるカフェがあるんです。そこまで行きましょう」  仮面を被った怪しげな男と少年が、ギルドを後にした。

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