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依頼

 ギルドからあまり離れていない場所にある小さなケーキ屋に併設されたカフェの個室にて。 「あぁ、ようやく仮面を外す事ができる」  と呟いて、相変わらずシルクの手袋を嵌めている手で仮面を取った。  そこには死刑執行人兼拷問官ハルキオン・ブラッドムーンの素顔があった。  癖のあるグレイの髪に、血を思わせる光の無い瞳。顔は病的なほど白く、右頬に大きな切り傷の痕が残っている。 「ここは、私の母が、死刑執行人を務めていた頃からの……馴染み。の、店なんです。この前カイラさんと一緒に食べたのも、ここのケーキです。なんでも好きな物食べていいですからね」 「良いんですか、ルネスタさん」  嬉々としているカイラの言葉を聞き、ハルキオンの表情が明るくなる。  ルネスタはハルキオンの本名である。唯一カイラのみが彼の本名を知っているのだった。 「私の名前、覚えててくれてたん、ですか?」 「もちろんですよ」  とカイラは満開の花の如き笑みを浮かべる。 「……本当に、なんでも頼んで良いですからね?」  とハルキオンは、 はにかみながら促した。 「えへへありがとうございます。えーっと……じゃあ、季節の果物のタルトと紅茶を」    ***  少しして、頼んでいたケーキが運ばれてきた。  香ばしく焼き上げられたタルト生地に、赤、オレンジ、緑、紫の新鮮なフルーツがふんだんに乗せられた店自慢の艶やかなフルーツタルト。  そして、シンプルな白のティーカップに注がれた温かな紅茶が2杯運ばれてきた。  ケーキと紅茶の想像を裏切らない旨さにカイラは舌鼓を打つ。  そのようなカイラに自分にはあるはずの無い父性をくすぐられながら、ハルキオンは自分の紅茶を飲んだ。 「……さて。そろそろ、本題に移りましょうか」 「はい」  カイラはフォークを置いて話を聞く姿勢を示す。 「実は私、レザーの街の外れに別宅を持ってるんです。もともと私の祖父が建てたもので、今は使ってません。それで、この前掃除をしに別宅に行ったんですけれど……」  その……とハルキオンは言い淀む。 「ひっ人が入ったような、気配がありまして」 「泥棒ですか?」  とカイラは不安そうに訊ねる。 「いえ、盗まれた物はありませんでした。ただ、物の配置が変わってたり、掃除してないはずなのに寝室だけ綺麗になってたりして……おかしかったんです」  うーんとカイラが唸ると、紅茶を飲んで喉を潤したハルキオンが更に続ける。 「もっもしかしたら、その……悪霊系? って言うんですかね? ……の、モンスターの仕業という線もあるのかな、と」 「悪霊系ですか……うーん、どうなんでしょう」  悪霊系モンスターが部屋を掃除するなど聞いた事が無いカイラは顎に手を当て考え込む。 「カイラさん、魔導士……なんですよね? 魔法使ってましたし。念の為に、調べていただけませんか? そしてもし、悪霊がいれば、できる事ならば討伐していただきたいのです」 「……分かりました。やりましょう」  ハルキオンに迷惑をかけたという負い目のあるカイラは承諾した。 「あぁ、ありがとうございます! ……それで、報酬なんですが」 「いや、報酬は____」  と報酬を断ろうとしたカイラは、次のハルキオンの言葉で驚愕する事となる。 「その別宅……というのは、どうでしょう」 「……べったくぅ?」  悪霊討伐程度の報酬としては破格の報酬に、カイラは思わず甲高い声で訊き返した。  その様子を不審に思うことすらなく、ハルキオンは続ける。 「カイラさん、レザーに家は持ってますか?」 「いや、今はホテルで暮らしてます。レザーの冒険者のほとんどがそうなんです」 「なら丁度良いじゃないですか! カイラさん1人にはちょっと広いかもしれませんが……あっ、嫌なら私の名を伏せて誰かに貸してしまえば良いんです。そしたら家賃取れますから」 「あの、良いんですか……? だって家ですよ? そんな高価な物をいただくわけには」 「良いんです。私には必要の無い物ですし……他の人の為になるなら、渡してしまった方がいいでしょう?」  とハルキオンは微笑み、話し疲れた喉を潤した。    ***  しばらく2人で談笑した後、ハルキオンはカイラを先に返して個室で過ごしていた。  というのも……忌わしい自分の男としての部分が熱を帯びてしまったからだ。 「どうしよう……」 (この前カイラさんに助けてもらったのを思い出してしまったからかな)  カイラの夢魔の呪いの事を知らないハルキオンは、そう結論付けた。 (確かにあの時の事を思い出すと未だに体がゾクっとするけれど……私には要らない。というか、あってはならない感覚だよなぁ)  何故かあの少年といると邪な思いが膨らんでしまう。  初めて会った時もそうだった。  死刑執行人の責務に押し潰され渇き切っていた自身の欲望が、あの少年により恵みの雨を受けた植物のように蘇ったのだ。 (あの後から不能だったのがすっかり治って、定期的に処理しないと落ち着かなくなってしまったし……今日も、処理しないと多分落ち着かないや)  「私はどうしてしまったんだろう」とハルキオンは悩ましげな溜息を吐いた。

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