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説得の果て

 一方こちらはギルドの控え室。 「なるほど……夢魔の呪いか」  演奏家ダーティは興味深そうに呟いた。 「ようやく話聞いてくれたね」  ヴェルトは苛立ちながらそう返した。  本当はカイラの呪いの事を話す気は無かったのだが、自分が夢魔に邪な思いを持って近付いていると決めつけられ話が全く進まなかったので、仕方なく手の内を明かしたのだった。 「なら、君がラブを抱くというのは?」 「しないよそんな事」 「私を抱くのも?」 「しない」 「私に抱かれてみるのも?」 「ごめんだね」 「……なんだ、つまらない」 (絶対にコイツとは仲良くできない……!)  何がどうなれば、これほど性的に倒錯してしまうのだろう。  倒錯してるだけならまだマシなのだが……この男は善良な男性を騙しホテルで性的な暴行を働く上に、夢魔を呼び出す事ができる。  そのような者は碌でなしに決まってる。ヴェルト以上の犯罪者であるに違いない。 「仕方ない。話を聞くだけならここで呼んでやろう。……いるんだろう? ラブ……ラブ?」  ダーティが呼びかけて少し経ってから、部屋の中央で無数のコウモリが羽音を立てながら虚空をクルクルと舞い、眼光の恐ろしい大男が現れた。 「こいつがラブ……本当の名はディックという。随分と出てくるのが遅かったな」  ダーティの言葉にディックは舌打ちを打ち、ヴェルトを睨む。 「……ラブ?」  目の前にいるのは「ラブ」などという名前から最も遠いであろうインキュバス。 「俺をラブって呼んで良いのはダーティだけだ」  その凄みのある声に、あのヴェルトですら緊張し始める。  だが……ヴェルト以上にディックは気を張り詰めさせていた。 (ダーティ……なんでよりによってミキさんのお墨付きの男に声かけんだよ……!!)  ダーティがヴェルトに声をかけなければ、ディックは奴と出会う事は無かった。  そのうえ呼んでいるのがダーティでさえなければ、絶対にディックは姿を現さなかったろう。 (ミキさんに手ぇ出されんのはマズいからな……なんとか誤魔化さねえと)  紙巻きタバコを取り出して火を付けようとしたディックの手を、ヴェルトが止めた。 「ごめんね、僕タバコ大嫌いなんだ」  不穏な鋭い視線を浴びせられ、ディックは少し唸った。 「ラブ、そうらしいから今は我慢しろ」  ディックは再び舌打ちをしてタバコを戻す。 「話は聞いていた。カイラとかいうボウズに呪いをかけた夢魔を探してんだろ? ……残念だが、俺は何も知らねえ」 「本当か? ラブ」  ディックの言葉に先に反応したのはダーティだった。 「夢魔の世界ってのは、オマエらが思ってるより広いんだよ」 「ラブ、私の目を見ろ」  ダーティはポーカーフェイスを保ち続けるディックの顎を掴み、無理やり自分の目を見させる。 「本当に知らないんだな? ラブ」 「当然だ」  ディックは内心サファイアの瞳にビクビクしながらも、真っ直ぐに嘘を吐いた。 「…………」  ダーティはしばらくディックの顔を見つめた後、ほっと溜息を吐き大男を離した。 「済まないヴェルト。どうやらラブは何も知らないようだ」 「……なんだ」 (延々とワイセツな話聞かされただけか……まぁ、良い事も聞けたから無駄ではなかったけども) 「うーん……お詫びと言ってはなんだがね。夢魔について知りたいならば、打ってつけの場所がある。『地獄の火クラブ』だよ。悪趣味な好事家(こうずか)達の集まりでね。各地で開かれているんだ……ご存知かな?」 「そんな物騒な名前のクラブ知らないね」 「そうだろうそうだろう。仮面を着ける事を義務付けられているから身分が割れる事も無い。もしかしたら、何か良い情報が手に入るかもしれない」  残念だがね。とダーティは更に続ける。 「未成年は駄目だ。特にカイラ少年のような素直な子には見せない方が良い。だからヴェルト、お前だけが来るんだ」  正直言ってダーティの話だけで、もう胃もたれしそうだ。  だが、カイラの呪いを解く為にやるべき事は全てやるべき。  たとえどんな事があるとしても。 「分かったよ」  この返答にダーティは満足気に微笑んだ。 「良い返事だ。地獄の火クラブに招待しよう」  それから日程についての話を聞かされ、ようやくヴェルトは災害のような青年から解放されたのだった。    ***  ギルドでの会話の後。ダーティとディックの2人はホテルでくつろいでいた。 「ラブ……お前、嘘ついたな?」  椅子に腰掛けているダーティは何でもない事のように訊ねる。 「やっぱり、オマエの目は誤魔化せねえか」  ディックはタバコの煙を燻らせる。特に焦っているような様子もない。 「当然だよ。何年君を飼っていると思っているんだ」  ダーティは微笑んだ。 「ほとんど嘘を吐かないお前が、あれほどまで食い下がったんだ。何かその夢魔に恩があるのだろう? 無理には訊かないさ」 「……相変わらず、そういう所は優しいんだな」 「そういう所に惚れたんだろう?」  ディックは鼻で笑った。 「ラブ」  と呼ぶ声は愛おしげで、椅子から立ち上がったダーティはディックのメガネを外した。 「はは……妙に体が昂る。これも夢魔の呪いのせいか? 夢魔のお前が『もう嫌だ』って泣き喚くまで滅茶苦茶にしてやりたい」 「昨日もヤったのにか?」 「頼まれてくれるかい、ラブ」 「……全てアンタの思い通りに」 「良い子だ、ラブ」  ダーティとディックは恋人同士のような甘い口付けを交わした。

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