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魔法学校からの帰宅
放課後の魔法学校の職員室にて。
「先生」
1人の生徒が、椅子に腰掛けている教師に声をかけた。
魔力のせいでひと房だけ黒に変色した赤毛に、燃えるような赤い瞳をもつ中肉中背の男ガゼリオだ。
上等な生地のベストを着ており、ポケットに忍ばせた懐中時計のアルバートチェーンをボタンホールに着けている。
「おっ、来たな魔法祭委員」
ガゼリオは手を止めて生徒に向き直った。
魔法祭とは……私達の世界で言う文化祭のようなものだ。
生徒達が店を出したり、魔法の発表をしたり、演奏をしたりするらしい。
「で? 決まったのか? ウチの女装コンテストの出場者」
男子校であるこの学校では、毎年魔法祭で女装コンテストが開かれる。
優勝者にはお菓子の袋詰めが与えられるらしいが、自ら進んで出場する者は少ない。
「フェリンに頼んで承諾もらいました」
「え? アイツ嫌がってただろ?」
「ステーキ奢るって約束して釣りました」
「さっすがディアカル」
ガゼリオと生徒ディアカルはフィスト・バンプと呼ばれる拳を合わせるポーズをとった。
「今年からカイラ先輩がいないから、誰が優勝するか分かりませんね。……あの人、3連覇したんでしょう?」
「あの男は伝説だよ。本人もお菓子貰えるって喜んで参加してたもんな」
「凄いですね……羨ましくはないですが」
ガゼリオは苦笑した。
「じゃ、後は衣装決めて写真撮らねーとな。頼むぜ魔法祭委員……実はさぁ。俺、レオ先生と賭けしてんの。どっちのクラスの出場者が票集められるかってな」
(……先生が賭けって大丈夫なのか?)
ディアカルの疑問の視線をひらりと|躱《かわ》し、ガゼリオは続ける。
「絶対勝てよ? 参考資料としてカイラの写真渡しとくから」
とガゼリオは机の中を漁り3枚の写真を手渡した。
いずれも長髪のカツラを被り、体格を隠すようなふわふわとした……私達の世界で言うロリィタファッションのような服装に身を包んだカイラがニコニコと笑っている写真だ。
メイクにも服装にもこだわりを感じさせ、とても自分と同じ男子には見えない。
コンテスト3連覇も納得の風体だ。
「分かりました。頑張りますね」
「負けた方が酒奢るって事になってるからさ……ホントに頼むぜ? 先生の財布がかかってんだから!」
必死な念押しに生徒は苦笑した。
***
夜の魔法学校の職員室。
テストの採点を終えたガゼリオは、答案用紙やらファイルやらをのろのろと片付けて学校を後にした。
夜のレザーの街は、昼間とはだいぶ雰囲気が変わる。
オレンジ色の光が往来の顔を照らす。
酔っ払い共の大声があちこちで上がる。
相変わらず露天商は観光客を唆す。
暗がりでは美しいドレスを見に纏った女が、男と何か交渉している。
重い足取りで、やがてガゼリオは自宅に着いた。
高名な魔法学者でもある父が建てた立派な邸宅は、とても一教師だけの収入では住めないだろう。
鍵を開け邸宅に入ると、扉が開かれる音を聞いた執事が駆けつけてきた。
ガゼリオと同年代の隙の無さそうな男だ。
「お帰りなさいませガゼリオ様。ベルを鳴らして頂ければ私 がお迎えにあがりますのに」
「良いよ別に」
素っ気なくガゼリオは執事に返す。
「伝言がございますガゼリオ様。食事をとった後、旦那様の部屋に来るようにと」
「……そうか」
少々眉間に皺を寄せ自分の横を通り過ぎたガゼリオの背を、少々目を伏せながらも執事は見送った。
ガゼリオはやけに広いダイニングで1人寂しく食事を摂って風呂で体を清めた後、一旦自室に戻る。
洗練されている部屋だ。
木目の美しいデスクに座り心地の良さそうな椅子。来客などは想定していないのか、これ以外に机や椅子は無い。
大きな本棚があり、学校の教科書や魔導書、ファッション関連の雑誌や歴史書に、小説も並べられている。
部屋は片付いているのだが、どうしてもクローゼットに服が収まりきらないらしい。金属製の頑丈なハンガーラックがあり、ひとつひとつ丁寧にカバーがかけられた衣服がずらりと並んでいる。
「…………」
椅子に腰掛けタバコの煙を燻らせるガゼリオの心は無である。
ボーッと白い天井を見上げながら一服し、タバコの火を灰皿で揉み消した後、ガゼリオは自身に魔法をかける。
それはヴェルトにもかけた魔法……浄化魔法だった。
***
養父の個室である広々としたここは、まさに洗練された大人の部屋といった感じだ。
しっかりと物の整理がされており、一切の隙がない。
オレンジ色の照明が部屋中を柔らかく照らしている。
ゆったりとした椅子に腰掛けている男がガゼリオの顔を見上げて微笑んだ。
「おかえり。今日も残業していたのか」
白髪混じりの黒髪をオールバックにし、スクエア型のメガネの奥で穏やかな瞳が知性的に光っている。
「ただいま、父さん」
目の前にいるこの男こそ、ガゼリオの父であり高名な魔法研究家である。
孤児院にいたガゼリオから魔法の才を見抜き、養子にして魔法学校の先生まで育て上げたのだ。
「テストの採点をしてたんです」
「そうか。大変だったろう」
「まぁ……そうですね」
とても親子とは思えないようなぎこちない会話が繰り広げられる。
「父さん、こんな話をする為に俺を呼んだんじゃないんでしょう」
痺れを切らしたガゼリオの言葉に養父は微笑む。
養父の表情はとても穏やかだが、目の奥がギラギラと輝いている。
子供の頃はこの目が苦手だったが、大人になった今はもう何も思わなくなった。
「そうだ、よく分かってるじゃないか」
義父はメガネを外しながら優しい口調で話しかける。
「こっちへ来て着替えなさい」
***
養父に抵抗すると碌な目に遭わない事を身を持って知っているガゼリオは、大人しく着替えた。
下着だ……女性用の。
赤色のレースが繊細なブラジャーに、同色のショーツ。
オープンクロッチと呼べば良いのだろうか? 股布が開かれたデザインになっており、布の間から尻が顔を出している。
かろうじて男性器は下着の中に収まっているものの、かなり窮屈そうだ。
女子がこのような下着を身に着ければ、可憐で艶めかしい姿になれるのだろう。
だが、ガゼリオは正真正銘の男子。
男子特有の角ばった骨格にはお世辞にも女性用下着が合うとは言えず、ただただ不格好なだけ。
姿見で無理やり自分の破廉恥な姿を見させられる。もう慣れているので、ガゼリオは無表情のままだ。
ガゼリオの両肩に手を置き捕らえている養父が囁いた。
「綺麗だ。やはりお前には赤がとても良く似合う……お前もそう思うだろう?」
「あぁ、そうですね。俺も嬉しいです」
苦痛を味わいたくないが為に、ガゼリオは心にもない事を言う。
「久しぶりに可愛がってあげよう。さぁ、こっちへ来るんだ」
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