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甘い夜 その1

 翌日の夕方。赤々と燃える太陽がレザーの街を一色に染める。 「相変わらずギルドのご飯美味しいですよね~」  屋敷の玄関を潜りながら、カイラは夕飯のメニューを思い出す。  主食のパンと、塩胡椒で味付けし香草でアクセントを付けたウサギ肉のオーブン焼きに付け合わせのマッシュポテト。トマトのポタージュにお気に入りのブドウジュース。  素朴な味わいが故郷を思い出させるような料理の数々は、体が資本である冒険者の舌と腹を満たすのに十分な物であった。 「そうだねぇ。意外と安いし、冒険者になりたての頃はよくお世話になってたなぁ」  ヴェルトは視線をカイラに向けたまま後ろ手で玄関の扉を静かに閉じる。 「カイラ君」 「はい?」  きょとんとした顔で振り返ったカイラの柔らかな唇を、ヴェルトはやや強引に奪った。 「んっ……♡」  カイラの革製のバッグが手から滑り落ちた。静寂に響く舌を絡ませ合う音がなんとも官能的である。 「はぁ……っ♡」  ようやく解放されたカイラは頬を染め、とろんとした瞳をヴェルトに向ける。 「心の準備はできてる?」 「はい」 「でも怖くなったらすぐに言うんだよ。頑張って止めるからさ……じゃあ、早速お風呂入ろうか」 「……はい」  ヴェルトの真っ直ぐな双眸に見つめられたカイラは、更に表情をとろけさせた。    ***  屋敷の広い風呂場にて。 「湯船になんて久しぶりに浸かりますよ」  ヴェルトの足の間にチョコンと座り、足を伸ばしながらカイラは呟いた。  レザーがある東地方は湿潤な気候なので、日本と同じく湯船に湯を張り入浴するという方法も浸透している。  一部の地域には温泉も湧くので、大勢で1つの風呂に入浴する事に対して抵抗を持つ者は、この東地方出身者には意外と少ない。 「互いにシャワーでだけのお風呂で慣れちゃってたからね」  ヴェルトは自分に背を預けているカイラの濡れた頭をポンポンと撫でた。 「……そういやこの前僕の家族の話になってたけどさ? カイラ君は家族いないの?」 「故郷の村にお父さんとお母さんと弟が1人います」 「ふーん……いつかご挨拶に行かないといけないなぁ」  それを聞いたカイラは苦笑いを浮かべる。 「きっと僕の家族驚きますよ。『カイラが彼氏連れてきたー』って」 「あの……カイラ君のご家族さんってさ、厳しい?」  ヴェルトは苦笑しながら訊ねる。 「いや? そんな厳しくないですよ?」 「そ、そう……?」 (16歳と付き合う26歳とか怒られるだろうな……数字にするともっと酷いや)  しかも今から16歳の少年の|新鉢《あらばち》を割ろうとしているのだ。  改めて己の最低な性格を呪い始める。 「ヴェルトさん? もしかしてのぼせました?」 「あぁ違う違う。なんでもないから……ね?」 (挨拶に行くとしたら2、3年後だな。その頃にはカイラ君も大人になってるし……うん、そうしよう)  そんな事より。と己の保身に走ったヴェルトは頭を横に振り、目の前にいる少年を愛する事に集中しようと決める。 「……やっ♡」  貞操帯に触れられたカイラは声を上げる。 「お風呂中も外れないなんて不便だね? ちゃんと洗えないでしょ」 「……ミキが言うには、貞操帯にかけられている魔法が中を清潔に保ってくれるそうで……あっ♡ それ以上触られると……っ♡」 「あはっ、もしかして湯船の中で勃っちゃった? 可愛いねぇ」  揶揄われたカイラは「ん~!」と唸り頬を膨らませる。 「ヴェルトさんは良いですよねぇ? いつでもどこでも勃起できるんですからぁ?」  あんまりな言い方にヴェルトは苦笑する。 「カイラ君、それじゃ語弊が生まれちゃうよ。……ごめんってば、後でたくさん気持ち良くしてあげるから……ね?」  背後から抱きしめられただけで全て許したくなってしまう己の甘さを痛感しながら、カイラは頷いた。

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