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夜明け前

 ノラ夢魔の主な活動時間は夕方から深夜であり、朝は寝ている事が多い。  その為、依頼を持ち帰ったヴェルトとカイラが話し合った結果、翌日の早朝にレザー山の麓に着くよう深夜に出発しようという事になった。 「あの……ヴェルトさん」  寝るにはまだ早い時間に床についたカイラは、隣で仰臥(ぎょうが)しているヴェルトに声をかけた。 「うん?」 「もし……ないとは思うんですが、討伐対象の内1人がディーさんだったらどうします?」 「ディーさん? ……もしかしてディックの事?」 「そうです。勝手にあだ名付けちゃいました」  えへへ。とカイラは微笑んだ。 「もしディックだったら逃してあげようか。そうしないとダーティに怒られるからね」  ディックが病院に担がれた時のダーティの事を思い出しながらヴェルトはそう返した。 「まぁ、アイツはダーティと一緒に暮らしてるだろうから、無いとは思うよ」 「ですよね。良かった」  安心したように微笑んだカイラを、ヴェルトは抱き寄せた。 「あったかい」 「ですね」  2人は何も言わずとも見つめ合い、口付けを一度だけ交わすと。 「じゃあおやすみね、カイラ君」 「はい。おやすみなさい」  ヴェルトはカイラを包み込むように。カイラはヴェルトの胸に顔を埋めるようにして眠りについたのだった。    ***  それから少し経ち、カイラは目を覚ました。  目覚めるには早過ぎる時間であり、ヴェルトはカイラの隣でスヤスヤと寝息を立てている。  剣士の油断しきった寝顔を見たカイラは思わず笑みを溢した。そして、再び寝床に着く前に水を飲もうと身を起こす。 「ん……ん?」  その揺れで目が覚めてしまったヴェルトは、寝ぼけ眼でカイラの姿を捉えると。 「フロイ……? フロイ、どうしたの?」  と声をかけた。 「フロイ? ……ヴェルトさん、僕カイラです」 「カイラ……? あぁ、ごめんねカイラ君」  寝起き特有の乾いた声でヴェルトは謝る。 「僕こそ起こしてしまってすみません。お水飲んだら戻って来ますから」 「うん……」  カイラは「フロイ」という名前が妙に引っかかったまま、すぐ眠りについたヴェルトを置いて水を飲みに寝室から出て行った。    ***  その日の深夜のうちに出発し、馬車に揺られてレザー山の近くへ。  馬車から降りたヴェルトは御者(ぎょしゃ)にチップを手渡した。 「ここから少し歩くよ。降りる時、足元に気をつけてね」  冒険者としての服を身に纏いコートを羽織ったヴェルトが、ローブの上からコートを着て首にマフラーを巻いているカイラに呼びかけた。 「は、はい……」  馬車に括り付けられたランプの灯りを頼ってゆっくりと馬車から降りたカイラは、外気の寒さに身をぶるりと震わせた。  今年の冬将軍は気が短いらしい。今にもこんこんと雪が降り始めそうだ。 「寒いのかい?」  馬車を見送りながらヴェルトはカイラに声をかける。 「はい。でも、大丈夫です」  震える声で気丈に答えたカイラ。  彼を温める為に抱き締めたくなったが、これから重要な仕事があるので「帰ったらあったかいミルクでも飲もうね」と提案するだけに留めた。 「レザー山なんて久しぶりに来ましたよ」  暗闇の中、ゴーレムのように不気味に立ち尽くす山の輪郭を瞳に映しながらカイラは呟いた。 「ん? カイラ君来た事あるの?」 「ちっちゃい頃、遠足で1度だけ。僕の登るペースが遅くて、頂上まで行けなかったんですけれどね」 「遠足……? まぁ、その話は後で聞くとして、そろそろ向かおうか」  2人は薄闇の中歩きながらと、ポツポツと話を続ける。  話と言っても、先程のような雑談ではない。 「ねぇ。馬車の中で話してたけど、もう一度確認するよ」 「はい」 「まず、僕が扉を蹴破る。すぐに小屋に入ってから、カイラ君がバインドの魔法で扉や窓を封鎖する。そうしたら僕が2匹を捕まえる。いいね?」  あくまでもカイラは補助。これ以上カイラが夢魔に何か酷い目に遭わされると思っただけで吐き気がするからだ。  夢魔というのは恐ろしいモンスターだ。精気を手に入れる為ならばどれほど汚い手段でも使う奴らだとヴェルトは思っている。  実際、ヴェルト自身も何度も酷い目に遭い、人間としての尊厳もカイラの為に純潔を保ちたかった貞操も全てぐちゃぐちゃにされた。  そのようなヴェルトが今最も恐れている事は、カイラに危害が及ぶ事である。  この世の穢れなどほとんど知らないであろう彼が、傷付き、汚れ、純潔を失う。  ……想像しただけで反吐が出る。  それならば自分が全て背負うという覚悟を持った上で、ヴェルトはこの討伐に臨んでいるのだ。  寒空の下、列を成した2人は歩き続けて1軒のボロボロな小屋を発見した。  所々に乱暴に木の板を打ち付けた部分があり、何度も修復されたのが容易に想像できる。 「カイラ君、ここだよ」  ヴェルトは声を低くしながらカイラに告げた。 「準備はいいかい」  ヴェルトが腰から提げていた双剣を抜くのと同時に、カイラは「はい……!」と勇んで背負っていた杖を両手で構える。  ようやく目の前に現れた、ミキへ繋がる1本の糸。  例え途中で切れて再びミキを見失ったとしても……決して逃す訳にはいかない。  アイコンタクトを送り合った後、 「3……2……」  ヴェルトがカウントを始めた。 「1……!」  ヴェルトは木の扉を勢い良く蹴飛ばす! 長い間小屋を守り続けていた扉が悲鳴を上げ地面へ倒れ込んだ。 「『バインド』ッ!」  ヴェルトに続き小屋に突入したカイラが鋭く詠唱し杖を振るうと、緑色に光る植物のツルのような魔法が、窓や出入り口に幾重にも重なり合う。  そしてヴェルトが夢魔……1つのベッドに横になっている2匹の夢魔を捕らえんと掴み掛かろうとした途端。 「待て……待ってくれ!!」  夢魔が悲痛な叫び声を上げた。  1つの影がゆっくりと布団から起き上がり両手を上げる。インキュバス……つまり、ミキやディックと同じ男の夢魔だった。  「抵抗しない」という意思を表すポーズに、ヴェルトもカイラも意表を突かれ互いに顔を見合わせた。 「頼む……少しだけ、話をさせてくれ」  インキュバスは懇願した後、未だにベッドの上に仰臥する者……サキュバスに目を落とした。

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