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魔導技師クロウ
偉大なる魔導士マティアス・マジェスティックの邸宅からさほど離れていない場所にある小さな一軒家。
やや古びた印象の玄関をくぐると、そこには奇妙な光景が広がっている。
所狭しと積み上げられた本。
機械油の臭い。
凡人には何なのか全く分からない道具。
机に乱雑に置かれている歯車やネジ。
壁に何らかの数式が書かれたメモ用紙がびっしりと貼り付けられている。
この「からくり屋敷」の主人クロウは、ほんの少し顔に幼さを残した少年である。
見た目の年齢はカイラと同じくらいだろうか。瑠璃のボサボサな長髪と円 な瞳をもつ彼は、やや大きめな黒いレザーのキャスケットを目深に被り、その上に技師らしいゴーグルを付けている。
所々油でシミになっている、これまた彼にとってはサイズが大きめな黒のローブを羽織っている。
顔立ちは人形のように整っており、髪を整え服装を変えさえすれば、ぞっとするような美少年に生まれ変わるに違いない。
「よし……と」
クロウは新たな魔道具の背をポンと叩く。
ハルキオンやマティアスの家にあったのと同じ型の、お手伝い魔道具だ。
真っ黒なふわふわボディに同色のマズルが何とも愛くるしい。
「スタートアップ」
魔法の言葉で「起動」と唱えると、棒立ちしていたクマが動き始める。
「あり……?」
ぬいぐるみは小首を傾げて振り返り、クロウの顔を見上げる。
「オマエがご主人?」
白色の糸で丁寧に刺繍された目で、クマはクロウを見上げた。
「違う。お前はいつか別のお家の子になるの」
「ふーん? じゃオマエだれ」
「俺はクロウ。お前の開発者」
「ふーん? じゃオマエ、クマのパパ!」
パパ~。とぬいぐるみがクロウに抱きついた直後。
バタバタバタバタッ!!
奥の部屋から何かが崩れるような物凄い音が聞こえたので、クロウとクマは様子を見に行った。
そこにいたのは……
「クロウお前さ、もう少し部屋片付けろよな!?」
本に埋もれた夢魔のミキだった。
いつもの扇状的な衣装の上から黒いローブを羽織っているようで、いつもよりは真面目な印象だ。
「すみません」
「オマエだれ?」
クマはミキの顔をじっと見つめる。
「俺はミキ。クロウの……先輩ってとこだ」
「ふーん? じゃオマエ、クマのセンパイ! すぐたしゅけりゅ~!」
クマがトテトテと駆け寄りミキの周りの本を手際良く片付けてゆく。
ミキは開けられた隙間から何とか本の山から抜け出した。
「えへ、クマえらいでしょ?」
「うん、偉い偉い」
足繁 くからくり屋敷に足を運んでいるのだろう。クマの扱いには手慣れているようで、ミキはクマの頭をポンポンと撫でた。
「えへ♡ うれし、うれし♡」
「あっちの部屋におもちゃが沢山ある。お友達もたくさんいるから遊んで来い」
足をバタバタさせ興奮するクマを|宥《なだ》めるようにクロウはそう命じた。
「わ~い! クマ、おもちゃ好き~」
間延びしたドラ声で喜びながら、クマはお友達に挨拶するべく別の部屋へと消えた。
「クロウ」
クマが退室した途端にミキはクロウと距離を詰める。
クロウは己の心臓が跳ねる音を聞き、先輩の顔を見上げてカアっと頬を赤らめた。
「『精気供給』するぞ。……すぐ終わるから、な? 目ぇ瞑 れ」
ミキに抱き寄せられながら、クロウは体を硬直させ瞼 を力一杯閉じた。
ミキは小さく溜息を吐いて、(マジ天使……)と心の中で感嘆の声を上げた。
精気供給とは、その名の通り精気を別の者に分け与える事である。
とある理由から自ら精気を集められないクロウの為に、ミキはこうして定期的に彼のもとへ訪れているのだった。
(なんか……毎回してるはずなのに、コイツの反応が初 過ぎて、逆にこっちが緊張するわ)
夢魔らしくない軽めの口付けをクロウと交わす。
「んっ……」
それだけでクロウは小さく鳴き、身を更に強張らせた。
「ほら、終わり」
早々に唇を離したミキはクロウの顔を見つめる。とことん日光を毛嫌いした体は陶器のように白く、頬は桃のようにほんのりと赤い。
己の欲望がビクンと反応したのを覚え、ミキはすぐにクロウから離れた。
「いつもありがとうございます」
「良いって事よ。……なぁクロウ。真剣な話があるんだが聞いてくれねーか」
ミキは全てを話した。
クロウの存在が別の夢魔によりカイラ達に知られてしまい、近い内にここに来るかもしれない事を。
「その前に何とかして、お前が討伐されないよう手を打つから。だけど、2人を警戒しててくれ」
普段では考えられないような真剣な口調で、ミキはそうクロウに警告したのだった。
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