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魔導工房は大騒ぎ
マジェスティック邸からさほど離れていない一般的な邸宅の玄関を潜ると応接室が現れた。掃除が苦手なクロウも、流石に客を迎える場所だけは片付けているようだ。
クロウが部屋のスイッチを押すと、天井からぶら下がっている魔導ランプが部屋中をやや青みがかった光で照らした。
壁の一面を埋め尽くすように置かれている棚には、様々な小型の魔道具が置かれており、その光景にカイラは目を輝かせる。
「わぁ……! これ、全部クロウが造ったの?」
「そう。一瞬で部屋を防音室に変えるやつとか、簡単に火を起こせるやつとか」
マジェスティック邸から工房までの道のりで、カイラとクロウはすっかり打ち解けてしまった。
(見た目だけだが)年齢が近く、更に魔法を学んでいるという共通点が2人の距離をグッと縮めたのだった。
(なに仲良くなってんだよ、そいつ敵なんだってば!)
あまりにも不用心なカイラにヴェルトは呆れと嫉妬の籠った視線を送った。
「ほら、お手伝い魔道具はこっちの部屋にいるよ」
出入り口から見て右側にある扉を開くクロウに手招きされ、カイラとヴェルトは顔を見合わせた後、夢魔の後に続いた。
扉の先は……まるで託児所だった。
所々に雲が散らばった青空柄の天井と壁に、白みを帯びたフローリング。
何セットかのまあるいローテーブルと、幼児が座るようなスツールが何とも可愛らしい。
部屋の隅には大きなおもちゃ箱があり、ここにいる5匹のお手伝い魔道具達はここからおもちゃを取って好きに遊んでいるようだ。
「皆、注目!」
クロウがパンパンと手を叩くと、塗り絵やおままごとをしていたクマ達が一斉に顔を上げた。
「わわっ! にんげんさんだ~」
1匹のクマが声を上げると、皆が「わぁ~」と間の抜けた歓声を上げながらカイラとヴェルトに駆け寄った。
よく見ると胸に1~5までの番号が振られたプレートを着けており、この番号で誰にも個体識別がしやすいようにしているのだろう。
「ほら、まずは整列してご挨拶」
「は~い」
クロウの命令により、クマ達は横一列で並び飼い主候補の顔を見上げる。
「「「「「こんにちいあ!」」」」」
5匹は寸分の差も無く一緒に挨拶した。
「ここにいるのは皆、素直で良い個体です」
「ん? 個体差があるの?」
カイラの問いにクロウは「あぁ」と答えた。
「あえて個体差を作るため、核……つまり、人間でいう心臓に傷を入れてるんだ」
「そんな事して大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない時もある。それが丁度、この前2人の所へ行ったクマだ。全く人に懐かなくてな……懐いたのはカイラが初めてだ」
ヴェルトは腕を組みクロウを見下ろした。
「人に懐かなくなるくらいなら傷なんか入れない方が良いんじゃないのかい」
「いや、そうすると画一的になってしまって、機械みたいになっちゃうんですよ」
「機械でしょ?」
クロウは苦笑した。
「そうなんですが。俺はこの子達をただの機械じゃなくて、家族として扱って欲しいんです」
ヴェルトは「変なの」と吐き捨てるように呟いた。
「ねぇ、クロウ。この子達のご飯ってどうすれば良いのかな」
「あぁ、それは____」
カイラとクロウが話している間、クマ達は揃ってヴェルトの側へ寄り始める。どうやら大人というだけでヴェルトに決定権があると踏んだらしい。
「おにーさん、こんにちいあ」
「…………」
ヴェルトは敵と話すカイラの事が心配なようで、鋭い視線を恋人から逸らそうとしない。
「ん?」
声をかけたクマは小首を傾げて不思議がった。その隣にいたクマが「ね、ね」と小首を傾げたクマの背を叩く。
「もしかしたらこの人、若く見えるけどおじいちゃんなのかも! シラガ頭だし!」
「わっ、なるほど! おじ~ちゃあ~ん! こぉ~んにちいあ~!」
とクマは更にゆっくり喋り大きな声で挨拶する。
「……聞こえてるよ」
「「わわぁっ!」」
いちいち反応がオーバーなクマ達にうんざりしながら、ヴェルトはカイラを見守り続けた。
「ところで、僕の家に来たクマちゃんって今はどこにいるの?」
「マティアスん所の地下室にいる。あまりに人に迷惑かけ過ぎたから、しばらくはそこで反省させるんだ」
「なんか、可哀想」
「あいつ、結構前に造ったんだけどさ。あんな性格だから誰にも買ってもらえなくて、もうウチのお手伝い魔道具にした方がいいのかなって悩んでる」
「クマが悪いんじゃないよ! アイツらがクマのご主人に相応しくないから悪いんだよ!」
間抜けなダミ声を聞いた2人は視線を落として驚愕する。そこには件 のクマがいたからだ。
「な、何でお前……!」
「マティアスが鳥の巣頭との話に夢中になってたから抜け出したのよ。あんな縄も檻もクマにかかれば、だ~いだっしゅ~つ!」
はぁ、はぁ。とクマは興奮し足をジタバタさせる。
「カイラきゅん♡ クマに会いに来てくれたのね? クマ達『そーしそーあい』ねー♡」
「決めた!」とクマは芯の通った大声を出す。
「クマ、カイラきゅんのお家の子になるー」
「はぁ? お前が?」
クロウはクマを睨んだ。
「うん! クマはカイラきゅんに出会う為に生まれたの! 一目惚れなの!」
とクマは背中に隠し持っていた1本の花をカイラに差し出した。
これはマティアス邸にあった、魔法により枯れぬよう加工された花だ。ピンク色の控えめな花弁が何とも可憐である。
「カイラきゅん、クマと結婚してください」
「ご……ごめんなさい?」
「ガ~~ン!」
早々に断られ花をポトリと落としたクマを見てヴェルトは鼻で笑うと、奴の背後に回り、本か何かを小脇に抱えるようにクマを抱き上げた。
「あっ! あ~~ん!」
駄々っ子のようにクマはジタバタし始めるが、剣士の腕力の前にぬいぐるみの力は無力である。
「ちょっとだけこの子と話させてくれるかい」
許可を求めながらクマ部屋からクマと共に去るヴェルトの背に「えぇ……いいですけど」と声をかけたクロウ。
クマ部屋の扉を後ろ手で閉めると、なんとヴェルトは乱暴にクマの頭を鷲掴みにして、自分と目線が合う高さまで持ち上げたのだ。
「ぐえー」
頭と顔を大きく凹ませながらクマは呻く。
「また出たな、このドブネズミ」
ヴェルトが静かな声で罵ると、
「クマがドブネズミならオマエはプランクトンだよぉ?」
とクマはカイラとの接し方からは想像もできぬほど鋭く切り返した。
「オ~マ~エ~まだカイラきゅんに付き纏ってるのか~!」
宙ぶらりんになりながらシュ、シュとパンチを繰り出すが、ヴェルトの腕の長さに負けて全く届いていない。
「だから付き纏いじゃないって言ってるでしょ? ……そんな事より訊きたい事がある」
「ん? まさかクマのスリーサイズ?」
「ミキっていうインキュバス、知ってるかい」
「ミキ……? あ、パパの先輩? 黒髪のキレーな兄ちゃん?」
「知り合いなのかい?」
ヴェルトの目が期待で光る。
「ダチよダチ! マブダチよ!」
「ならミキの情報を教えてほしい」
「オマエの事好きくないから教えてやんなぁ~い!」
勝ち誇ったようにクマは「ふーん!」と鼻を鳴らした。
「だけど、クマをカイラきゅんのお家の子にしてくれたらパパの先輩の事話してあげなくもないよ?」
ヴェルトは露骨に嫌そうに顔を歪める。
カイラの家の子になる……つまり、奴は自分の家の居候になるという事だ。
はっきり言って、ぶりっ子しているだけのゲスと仲良く暮らせるとは思えない。
だが……情報は喉から手が出るほど欲しい。このクマが持っている情報の質と量も全く分からないが、『かなり前に造られた』らしいので期待はできる。
(……とりあえず、カイラ君の様子を見てから決めるか)
ヴェルトは心の中で大きな溜息を吐き、再びクマ部屋へ戻ったのだった。
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