138 / 141

魔導工房のクマ

 部屋に入った途端、クマのぶりっ子モードがオンになり、刺繍の目を1番星の如く輝かせながらカイラに視線を送る。 「ひと通りの家事はしっかりこなせる。ただ、来客のちょっとした相手とか、人に関わる仕事はあまりさせない方が良い」  とクロウは説明した。 「人の好き嫌いが激し過ぎるんだ。マティアスん所にいるアマネなんか比にならないくらいに」  ヴェルトがクマを降ろしてやると、早速カイラにトテトテと駆け寄った。 「だけど、カイラの事は物凄く気に入ってるらしい」 「おねが~い♡ クマ、カイラきゅんに選ばれないとスクラップにされちゃうのぉぉ~♡」  スクラップという単語は魔道具達にとっては死を指し、他の善良な5匹がガタガタブルブル震え上がった。 「ね? おねが~い♡ がんばるから~♡ お手伝い頑張るから~ぁ♡」  発情期の猫のように甘ったるい声で願い、クネクネと体を捩らせる。  あまりの熱意と、選ばないとスクラップされるという嘘にカイラの心が傾いてゆく。『この子にしようかな』と傾いてゆく。  そして最終決定を委ねるようにヴェルトに視線を送った。 「良いんじゃない。カイラ君が気に入ったなら」  やや不服そうなヴェルトのひと押しでカイラの表情に迷いが無くなり、 「じゃあ……この子にします!」  と答えた。    *** 「半年に1回は必ずメンテナンスに来てくれ、1人で来させても良いし、誰か付き添っても良い。これ、俺の連絡先書いてるから何かあったら連絡して」  とクロウは引き渡し用の皮袋に封筒を放り込んだ。 「一応この袋の中に、コイツのお気に入りの毛布とブリキの馬車のおもちゃ、それとウマのぬいぐるみも入れておいたから帰ったら渡してくれ」  皮袋の口を結び、それをカイラに手渡した。 「ありがとう。でも……本当に良いの? タダで貰って」 「良いんだよ。……むしろ俺の方こそお礼を言わなくちゃならないんだ。コイツの飼い主がなかなか見つからなかったし、脱走する度に捕まえるのが大変だったから」  カイラと一緒に暮らせる事となり有頂天となったクマが、人目を憚らず小躍りしている。  それを見て微笑んだクロウは、「クマ、おいで」と呼びかけた。 「ん?」  クマは素直にトテトテと父親に近付く。 「2人の為に頑張るんだぞ」 「うん! クマ、カイラきゅんの為に頑張る~」  ヴェルトの為には頑張らないらしいクマは、踵を返してカイラと手を繋いだ。

ともだちにシェアしよう!